ケン・ユーロ&ジョー・マック「CLAW(爪) (ハヤカワ文庫NV)」

mike-cat2007-08-11



〝猛虎襲来〟
蒙古でもなければ、タイガースでももちろんない。
体重700ポンド(約315キロ)のシベリアトラが、
次々と人に襲いかかる、という身の毛もよだつお話。
〝一匹の猛獣が、大都会を恐怖のどん底に叩き込む!
 戦慄の動物パニック小説登場〟
LA動物園の美貌の獣医を主人公に、
サスペンスフルな展開で送る、娯楽大作だ。


ロサンゼルス動物園で信じられない惨劇が起こった。
飼育員が、シベリアトラのラージャに襲われ、無残に食い殺されたのだ。
動物園の獣医メグ・ブルースターは検査に乗り出すが、
その襲撃事件には、いくつもの奇妙な点が見られた。
だが、さらに検査を進めようとするメグに、各方面から圧力がかかる。
そんな折、ラージャは動物園の檻から脱走、LAの街に出て行ってしまった―


そういえば、「ヒトは食べられて進化した」を先日読んだばかりなのだが、
やたらぴったりのタイミングで、ハヤカワ文庫の新刊が登場したものだ。
「ヒトは食べられて〜」の内容を思い出しつつ、読み始めると、
冒頭の女性飼育員が襲撃される場面から、
リアルな感じの痛さと怖さで、グイグイと引っ張られていく。
基本的には目を覆いたくなるようなシーンも多いのだが、
最初の女性飼育員以外は、さほど善人でもない犠牲者も多いので、
まあ、それなりに耐えることができる、というのもポイントだ。


動物パニックもの、というと、スピルバーグ監督で映画にもなった、
マイケル・クライトンの恐竜パニック、「ジュラシック・パーク」や、
狂犬病セントバーナードがやたら怖い、スティーヴン・キングの「クージョ (新潮文庫)」。
映画ならやはり「JAWS/ジョーズ」といったところか。


そういった過去の傑作群と比べるには、やや苦しいかもしれないが、
生きながらトラにムシャクシャ…、というのはなかなか恐怖ポイントは高い。
生身でトラと向き合うサーカスの調教師なんかの例を出しつつ、
細かいウンチクを散りばめているあたりは、クライトンなんかと共通する部分。
〝調教師は、ライオンとの“逃走距離”と“臨界距離”の境目にある距離を保つという、
 危険な駆け引きをしている。逃走距離が保たれていれば、動物は安全だと感じる。
 臨界距離に入り込まれると、恐怖心と自衛本能から攻撃に出ようとする〟
あの距離感には、そんな微妙なバランスがあったのか、なんて
思わずふむふむ感心してしまったりもする。


だが、この物語で真のテーマとして描かれるのは、
怪物としてのトラではなく、むしろそこに追い込んだ人間の愚かさだろう。
不幸を糧に金儲けをしようとする園長に、
それに乗じて何かを企む学芸員、群の動物管理局に天然資源局、
そして謎の機関まで登場し、襲う側のトラがいつしか追い込まれていく。
読者自身がトラの身になって、トラを守ろうとするメグとともに窮地から逃れる。
そのスリルこそが、この小説の最大の楽しみといってもいいだろう。


ただ、絶賛できるほど面白いかと言えば、さにあらず。
主人公は魅力的だし、テンポもそう悪くないのだが、
トラをめぐるドラマや、人物描写など、全体的に薄味な印象は否めない。
ストーリーそのものも、予定調和的な展開といってしまえば、そんな感じ。
もう少しボリュームをたっぷりとさせて、濃厚な物語にしてもよかったかな…
なんて、勝手に思いつつ、読み終えたのだった。


Amazon.co.jpCLAW爪 (ハヤカワ文庫 NV ユ 2-1)