樋口有介「新装版 ぼくと、ぼくらの夏 (文春文庫)」
〝こんな暑い日に死ぬことはなかった〟
1988年のサントリーミステリー大賞読者賞受賞作。
〝夏休みなんて、泳いだり恋したりするものだと思っていたのに……。
青春ミステリーの歴史的名作、あの“ぼくらの夏”が帰ってくる!〟
樋口有介お得意の、甘さと切なさが漂う夏休みがいま、始まる。
高校2年の夏休みl、
戸川春一のもとに届いたのは、同級生の岩沢訓子の自殺の報せ。
なぜ、彼女は死ななければならなかったのか…
中学校時代まで訓子と親友だったという、酒井麻子とともに、
訓子の死の謎を追い始めた春一だったが、そこには暗い秘密が隠されていた―
減らず口で繊細なこころを隠す主人公がなかなかいい。
「ストリート・キッズ (創元推理文庫)」のニール・ケアリーとまではいかないが、
「彼女はたぶん魔法を使う (創元推理文庫)」など柚木草平シリーズの柚木の図々しさとは、
ちょっと違い、どこかに傷つきやすさと、若さゆえの傲慢が漂う。
青春ならではの痛さなんかも、ちょっと匂ってきて、これまた一興だ。
死んでしまった同級生、訓子に対する気持ちがリアルである。
同級生にもかかわらず、たいした印象はなかった。
〝顔立ちはよかったがとにかく目立たない子で、
勉強でも運動でも、クラスではすべてが「その他」だった。〟
確かにそういう子、いたよな…、と思わず頷いてしまう。
だが、そんな訓子の場違いな〝死〟が、春一を突き刺す。
〝こういうことがなければ、あとになって思い出すこともなかったかも知れない。
だけど二日間君と一緒に彼女の跡を追ってるうち、
岩沢には岩沢の人生があったことに気がついた。
当たり前のことだけど、その当たり前のことを、つい忘れていた。〟
傲慢さを脱ぎ捨て、すこしずつ、大人になっていく主人公の姿がそこにある。
一方で、次々と登場するきれいな女の子たちに、ちょっと色っぽい場面は、
まさに柚木草平シリーズのそれに近いものはある。
殺人事件云々の要素を抜きにすれば、
自分の高校時代がこうであったら…、という妄想まじりのノスタルジーかもしれない。
リアルタイムで同じ世代を生きる人間には、バカバカしくも感じられるだろうが、
過ぎ去った〝あの頃〟を、もう一度、それも都合よく味わいたい年代にはぴったりだ。
20年という歳月を経ても、いまなお古びないその感覚に驚きつつ、
ひたすら読みふけってしまうのがまた楽しい1冊。
ある意味、樋口有介の原点ともいえる作品に、感激もまた新たなのだった。