ウェズリー・ステイス「ミスフォーチュン」

mike-cat2007-08-03



〝ドレスにひげの相続人なんて。〟
ジョン・ウェズリー・ハーディング名義で、
ミュージシャンとして活躍する作者が、
6年の歳月をかけて書き上げたデビュー作。
〝狡猾な親戚の陰謀で、わたしは財産を奪われた……。
 19世紀英国の領主館を舞台に描くディケンズ風サーガ。〟
数奇な運命を背負った、幸運な娘<ミス・フォーチュン>が、
思わぬ不幸<ミスフォーチュン>に巻き込まれる、壮大な物語だ。


19世紀初頭、ロンドンの町外れ。
もぐりの堕胎医のもとから運び出された赤ん坊は、
田園地帯の領主を務めるラヴオール家の当主ジェフロイによって、命を救われた。
幼い時代にこの世を去った妹ドロレスの死をいまも悼むジェフロイは、
その男の子を、ドロレスの生まれ変わりとして、我が子とするを決意する。
ローズと名づけられたその〝娘〟は、恵まれた環境で愛され、育てられた。
しかし、そんな完璧な世界も、いつしか壊れ去ろうとしていた。
きっかけは思春期の到来と、財産横取りを目論む親戚の登場だった―


出生の秘密に莫大な財産、忍び寄る陰謀…
このテの小説が好きな人間には、
まさしくおいしい要素を取りそろえた作品といって間違いないだろう。
加えて、女の子として育てられた男の子、という設定。
「ベルばら」風に逆の設定なら、美しくもあるのだが、
なかなか味わい深いというか、際どいというか、とにかく何とも面白い。


幼い時分のちょっとした違和感から、
性の目覚めに戸惑う少女(少年)時代の心情が、
微妙なエロチシズムをたたえつつ描かれる一方で、
ローズを取り囲むその世界を描く前半は、何ともいえない温かさに満ちあふれる。
ローズに妹の幻影を重ねつつも、優しく見守る父に、
男女平等を訴えた詩人メアリー・デイに心酔し、
ローズに対してもその精神で教育を試みる元家庭教師の母、
数奇な運命を背負わされたローズを支える従僕たち、
兄妹姉妹として育てられた、幼馴染みのサラとスティーヴン…
それは英国の田園風景の美しさと相まって、独特の風情を醸し出す。


だが、それだけでは物語は盛り上がらない。
第二次性徴を目前に、性同一性の明らかな揺らぎを覚えるローズ。
そんな折に訪れる家族の不幸、そして襲いかかる強欲で下劣な親戚たち…
不幸のどん底へと陥れられたローズの運命やいかに… となるわけだ。
悪役たる親戚たちの描写も、なかなかツボを心得たゲスっぷりで、
もう、気持ちの方は、グイグイと盛り上がらずにいられない。


ただ、ちょっと不満が残るのは不幸に陥った中盤以降のローズの迷走。
ローズの性同一性獲得が、神話をなぞらえたような展開で描かれていくのだが、
これがどうも、たるさを感じさせるのは確かではある。
終盤にかけてのツイストはまずまず悪くないだけに、
この中ダレが何とももったいない、というのが正直なところではある。
もちろん、そのへんを「詩情」として読み解くだけの素養があると、
おそらく全然違った感じで読むことはできるような気もするが…
このテの小説にありがちなドロドロ感が微妙に物足りない面も否定できない。
設定の魅力に比べ、全体的には悪くない程度の出来に終わってしまったのは、
そこらへんが主たる原因ではないか、と(偉そうに)思ってみるのだった。


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