P・G・ウッドハウス「マリナー氏の冒険譚 (P・G・ウッドハウス選集 3)」

mike-cat2007-08-01



〝やあ皆さん。退屈しておられる?
 ならば不詳わたくしがすごい話をご披露しよう。
 気分爽快まちがいなし!〟
ジーヴズの事件簿 (P・G・ウッドハウス選集 1)」、
エムズワース卿の受難録 (P・G・ウッドハウス選集 2)」に続く第3巻がいよいよ登場。
〝世界一のユーモア小説家ウッドハウス
 お気に入りだった《マリナー・シリーズ》〟
謎の紳士マリナー氏の一族が繰り広げる、
おかしなおかしな奇譚を集めた、短編集である。


「釣遊亭<アングラーズ・レスト>」のバー・パーラー。
夜ごと盛り上がる会話に、必ず首を突っ込んでくるのは、謎の紳士マリナー氏。
素晴らしく美しいが、とんでもない迷惑ムスメのロバータや、
謎の新薬「バック−U−アッポ」を開発したウィルフレッド、
卵を産むメンドリの物真似ぐらいしか長所のないアーチボルト、
シュネレンハマー社長率いるハリウッドの映画会社に集う面々…
(と、ミスター・マリナーは物語った)で始まる、
彼の一族が繰り広げる奇譚の数々は、まさに奇想天外―


ちょいとマヌケな貴族と、頭脳明晰な侍従ジーヴスを描く1巻
次々と起こる瑣末な事件に頭を悩ますエムズワース卿を描く2巻と同様、
このマリナー氏の冒険譚も、独特ののどかさと、古きよきドタバタの風情が漂う。
ハリウッドへの風刺を込めたシュネレンハマー社長関連のものには、
ほかの作品とは一線を画すような、ピリッとした毒は効いているが、
それとて、のどかなムードをかき消すような強烈さとは違う。
あくまで洗練された、英国風スラップスティックといった感じなのである。


冒頭のウッドハウスによる序文には、服用上の注意がある。
〝大人用の平均的な服用量としては、
 『ジーヴスの世界』の序文で述べたごとく、一日に短編二つか三つを限度とされたい。
 朝食時か就寝前に服用のこと。
 「終わったァ」と言いたさに一気読みしたりしてはならない。〟
しかし、である。
一気読みこそしないが、ついつい読み進めてしまうのが人情というものだろう。
独特の雰囲気に魅せられ、やっぱりマリナー氏の語りに乗せられてしまうのだ。


マリナー氏登場の「ジョージの真相」は、吃音に悩む甥の物語。
前述の迷惑系美女で、従妹の娘ロバータが登場するのは「にゅるにょろ」など3編。
ジーブスもの〟にも登場するロバータのはた迷惑な魅力に思わず苦笑いが浮かぶ。
「人生の一断面」からは、あやしげな新薬を次々開発する弟ウィルフレッドが登場、
「濡れ羽色ジプシー・クリーム」や「バック−U−アッポ」」がもたらす騒動が披露される。
「アーチボルト式求愛法」のアーチーは、並大抵ではないボンクラの甥。
その純朴にして安直な思考が、風変わりな事件を巻き起こす3編がまた味わい深い。


「オレンジ一個分のジュース」からの3編は、いわばハリウッド編。
前述の映画会社社長シュネレンハマー氏と、
マリナー氏の一族がそこかしこで、騒動を繰り広げる様が何とも可笑しい。
ダイエットのせいで?輝ける博愛の泉から厭世のドブ池へ変貌を遂げた?男に、
スター誕生をめぐる、とんでもない秘話を演じた女優志望の娘、
モンテカルロで事件に巻き込まれた双子の甥などなど、
何ともバカバカしくも、魅力的な物語が、次々と展開する。


「ストリキニーネ・イン・ザ・スープ」は、
ミステリ狂の心情を笑いたっぷりに描き出したドタバタ喜劇。
この世で最大の痛恨事であるはずの〝探偵小説を半分まで読んだ者が、
寝る前にもう少しと手を伸ばすとその本がないという事態〟が、
なぜか、いにしえから取り上げられることがない異常な状況を嘆く。
そして、その最大の痛恨事が、マリナー氏の甥シリルに訪れる―


ほかにも特別収録作品として、
ウッドハウスの〝ゴルフもの〟とリンクする「もつれあった心」や、
ウッドハウスによる?信用ならない?アメリカ回顧談、
「フランシス・ベイコンと『手直し屋』」と、「ピンクの水着を着た娘」の2編。
このシリーズの完成度の高さを証明するように、
最後の最後まで楽しめる構成となっているのがさすがである。
「ユークリッジの商売道」「ドローンズ交遊帖」と続巻も決定。
ますます目が離せない、ウッドハウス選集なのである。


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