ミネット・ウォルターズ「病める狐〈上〉 (創元推理文庫)」「病める狐〈下〉 (創元推理文庫)」

mike-cat2007-07-29



〝この村で、何かが起きる〟
新女王ことミネット・ウォルターズ最新作は、
イングランド南西部の小さな村を舞台にしたサスペンス。
〝深夜に鳴り続ける中傷の電話
 雑木林を占拠する移動生活者<トラヴェラー>の一団
 すべてを操るのは、正体不明の男〟
鉄の枷 (創元推理文庫)」以来2度目のCWA賞最優秀長編賞受賞作となった作品は、
さまざまな要素を織りこむ展開は、
まるで複雑なコード進行で奏でられるジャズの趣だ。
〝老婦人の死、そして一家の過去
 真実が次々と明らかにされていく中、
 邪悪な男<フォックス>は闇にひそみ続ける〟


舞台は英国南西部ドーセットの寒村シェンステッド。
別荘が建ち並ぶ保養地は、不穏な空気で満たされていた。
旧家ロキャー=フォックスの老婦人エイルサの死去にまつわる黒い噂、
夜ごとにかかる中傷電話で取り沙汰される禁忌のスキャンダル、
土地の不法占拠を目論む移動生活者<トラヴェラー>の一団…
緊張感が沸点に達したボクシング・デー、事態は大きく急変する―


前述のCWA賞受賞作「鉄の枷」だけでなく、衝撃のデビュー作「氷の家」
傑作「女彫刻家」などを次々と送り出してきたウォルターズ待望の最新作は、
これまた一気読み必至の、大傑作なのである。
原題は〝FOX EVIL〟。
フォックス・イーヴル(邪悪)を名乗る謎の男が、
イングランドの小さな村を混乱に陥れる、というのが基本のプロットだ。
だが、そのカオス(混沌)には、さまざまな要素が巧みに織りこまれている。


狭い村の閉鎖的な人間関係は、
旧家の奔放な娘エリザベスをめぐる過去の精算や、
ギャンブル狂の息子レオと、頑固な父ジェームズの長年の対立だけでなく、
地域を巻き込んだ勢力争いや土地の権利関係など、
もうあっちこっちで絡みまくりで、複雑な人間関係を映し出す。
ここに謎の移動生活者の一団が加わり、事件の行方はますます混沌。
ロキャー=フォックス家の弁護士マーク・アンカートンや、
フォックスに怯える移動生活者の少年ウルフィー、
複雑な生い立ちの英国陸軍工兵隊大尉のナンシー・スミスら、
魅力的なキャラクターらを取りそろえ、ドラマはますます盛り上がる、という次第だ。


次々と起こる事件の影に潜む、さまざまな思惑が、
ゾクゾクするようなサスペンスを生み出す。
著者一流の、卓越した華麗なミスディレクションに導かれ、
陰謀渦巻く寒村に放り込まれるような感覚は、まるでヴァーチャル・リアリティ。
疑心暗鬼になりながら読み進めると、寒村に潜む悪意に戦慄が走る。
過去の傑作群に勝るとも劣らぬクオリティに、またも感嘆のため息がもれるのだった。


Amazon.co.jp病める狐 上 (1) (創元推理文庫 M ウ 9-7)病める狐 下 (3) (創元推理文庫 M ウ 9-8)