ダニエル・デフォー「[rakuten:book:12060140:title]」

mike-cat2007-06-30



〝文化史研究の第一人者による
 新訳で蘇る、18世紀英文学の金字塔〟
ロビンソン漂流記 (新潮文庫)」としても知られる、
ダニエル・デフォーのマスターピース
「ロビンソン・クルーソー」が新訳で登場、である。
〝訳者解説「大西洋世界のロビンソン・クルーソー」を付す
 豊富な挿絵、図番、年表を収載〟
この付録だけでも、思わず「おっ!」となること請け合いだ。


〝デフォーがもっとも伝えたかったことをわかりやすい翻訳で〟
考えてみれば、あらすじは知っていても、
内容はおぼろげにしか覚えていないし、
第一子供向けの本以外で、きちんと読んだ記憶はない。
現代版の映画ともいえる、トム・ハンクス主演の「キャスト・アウェイ」も、
正直、トム・ハンクスの演技以外はさほど感心する出来ではなかった。
最近の新訳ラッシュでは、ハズレはないことだし、
このチャンスを逃してなるものか、と迷わず手を出してみる。


英国はヨークの中流階級に生まれたロビンソン・クルーソーは、
安定した暮らしを望む父の期待を裏切り、世界を駆ける船乗りとなった。
アフリカ、ギニアを目指した航海で、ロビンソンの乗った船は、
嵐に巻き込まれて難破、ロビンソンはひとり無人島に漂着した。
船の残骸に残った、わずかな積み荷で孤独な無人島生活を始めたロビンソン。
その冒険は、さまざまな困難に苦しみながら、27年間にも及んだ―


ロビンソンの誕生から、無人島漂着までを描いた序盤からの流れが新鮮だ。
「堅実に生きよ」との父の教えに背き、広き世界に足を踏み出したロビンソン。
それは漂着後、自らの選択への煩悶にもつながってくる。
自分の人生はこれで本当によかったのか?
考える時間だけは無限にある無人島生活で、ロビンソンの悩みは深みに陥っていく。


一方で、神への恨み言も忘れない。
〝なぜ神はみずからの創り給うたものをこんなにも完全に破滅させ、
 なぜこのように悲惨な目にあわせ、
 救いのない状態に放置してひどい絶望におとし入れるのか。〟
さすがに17世紀の人間とあって、
この時代ではかなりの自由人とも思えるロビンソンですら、宗教的な背景はかなり色濃い。
正直、この神がどうこう、の描写は、かなり冗長で退屈にも感じるが、
この部分を省いてしまっては、この作品の本来的なテーマは語れないのだろう、と思う。


意外だな、と感じたのは、ロビンソンが比較的恵まれた環境にあったこと。
無人島ものの物語はその後、数え切れないほど書かれているが、
そのオリジナルともいえるこの作品で、主人公はさほど物資に困らない。
それどころか、まずまず恵まれた物資をもとに、
牧畜に農耕、パン作りに保存食、酒づくり、とさまざまな生産活動に精を出す。
〝どんなに貪欲でけち臭い人間でも、
 わたしのような立場に置かれたら、貪欲という悪徳を完全に失うだろう。
 というのは、どうしていいのかわからないほど限りなくものがあったからだ。〟
なんて記述を読むと、何だかイメージが違っちゃうよな、と苦笑すら禁じ得ない。


後半、フライデーという相棒を得た後の展開にも、
そうかこんな話だったのか、と感心するやら、意外に感じるやら。
(もっとも、これはあまりに記憶がスカスカ過ぎたからなのだが…)
そして、大いなる冒険を終えたロビンソンのひと言にも、また驚く。
〝始まりは愚かしかったが、
 その過程では期待できなかったほどの幸福な結末になっている。〟
そうか、そういう話だったか、と本を通じて何度目かの同じセリフを吐くのだ。


そして、この本の見どころは、この本編終了後の解説にもある。
この解説がなかなかに凄い。
いきなり「絶海の孤島」のキャッチフレーズに、疑問を投げかける。
〝大海の中の離れ小島で、すべての社会的脈絡から切り離され、
 歴史のいかなる動向にも干渉されず、
 完全に孤独な環境で二七年間生き抜いたひとりのイギリス人の冒険物語〟
これぞロビンソン・クルーソー、という説明に対し、
「この前提は正しいのだろうか?」と、問いかけてくるのだ。


アダム・スミスカール・マルクスが「経済人」ロビンソン・クルーソーに言及した点、
当時のイギリス人が抱いていた、南米大陸への願望や期待も含んでいたことにも触れ、
作者のデフォーがロビンソン・クルーソーに投影したさまざまなメッセージを読みとると同時に、
物語の時代背景から、クルーソーの島は「絶海の孤島」ではなく、
クルーソーが置かれていた立場は「完全な孤立」ではなかったと考察をめぐらし、
物語から一部の人々が読み取っていた、宗教的寓意をやんわりと否定する。
こんな感じで、付録を越えた付録、といった読み応えを提供してくれるのだ。


文体そのものは、いわゆる現代の小説のような流れと違い、
リズムやテンポに欠けた、どこか緩慢で冗長なイメージは否めない。
それは新訳であっても、カバーしきれるレベルのものではないから、
読んでいて苦痛を感じることもあるし、決して読みやすいものではない。
訳者による解説など、興味深い部分は多々あるが、
3000円近い定価を考えると、コストパフォーマンスはやや微妙か。
面白かったとは思うが、読み終えて疲労感も残る、そんな1冊だった。


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