クリストファー・プリースト「魔法 (ハヤカワ文庫FT)」
〝読者の眼前にめくるめく驚愕の異世界を現出させる!〟
ことし前半の目玉のひとつ、「双生児 (プラチナ・ファンタジイ)」に、
「プレステージ」原作の「〈プラチナファンタジイ〉 奇術師 (ハヤカワ文庫 FT)」と読んだら、
この作品を避けては通れない、というか、
もうとてもじゃないが、読まずにはいられない。
〝奇才プリーストが語り(=騙り)の技巧を
遺憾なく発揮して描いた珠玉の幻想小説〟
今回も気持ちよく、騙してもらうべく、読み始める。
爆弾テロに巻き込まれ、事故前の記憶を失ったカメラマンのグレイのもとを、
療養を続けるサナトリウムに、かつての恋人スーザンが訪れる。
スーザンにつきまとう作家志望の青年ナイオールをめぐり、
別れに至った2人の、偽りの記憶、そして<魅する力>の謎。
絶妙の語りが織りなす、騙し絵のロマンスの行方は―
原題は「THE GLAMOUR」。
巻末にある、訳者の古沢嘉通、法月綸太郎の解説によると、
グラマー<魅する力>、グラマラス」<魅力的>、グラム<魅見>として、
度々物語に登場するこの言葉には、同時に魔法や魔力といった言葉や、
すこしスペルを変えて、文法のGRAMMERをも意味する、
ダブル、いやトリプル・ミーニングが秘められているという。
なるほど、このGLAMOURをめぐる謎解きと、さらなる謎掛けがは、
そのまんまこの小説の核であり、ふたりのロマンスに深く関わってくる。
〝グラマー<魅する力>がふたりを結びつけており、ふたりを脅かしている。〟
そんな、どこか悲劇じみた宿命が、このロマンスに独特の風合いを持たせる
特に、心地よく浸っていた甘いロマンスの影に潜む?偽り?は、
作者に手ひどく裏切られたような、それでいて楽しい感覚をもたらしてくれる。
比較的早めにネタを明かす「奇術師」と違い、
なかなか見えてこない仕掛けがもどかしくって、それはそれで楽しいし、
そして見えてくれば見えてきたで、新たな謎に包まれるのがまた何とも言えない。
最後の最後までアッと言わされっぱなしなのは、「双生児 (プラチナ・ファンタジイ)」にも通じる、心地よい曖昧さ。
さまざまな要素を備えたエンタテインメントであり、文学でもある傑作。
プリースト、つくづく恐るべし、とまたもや思い知らされたのだった。