藤原伊織「テロリストのパラソル (角川文庫)」
〝小説史上に燦然と輝く伝説の名作〟
この5月に逝去した著者を追悼し、角川文庫から再刊。
江戸川乱歩賞と直木賞のダブルクラウンを手にした作品だ。
「シリウスの道」なんかも気になりつつ、
まだ読んだことのなかったのだが、いまさら初挑戦。
過去を捨て、新宿の場末でバーテンを務める、アル中の島村。
真っ昼間から公園で酒に溺れる島村がある日、爆破事件に出くわす。
数十人の死傷者を出したその事件で、
島村はかつての友人と恋人の名前を見つける。
単なる偶然か、それとも…
島村の周囲を暗躍する暴力団、そして警察。
さっそく調査に乗り出した島村の前に、奇妙な符合が表出する―
読んで納得、というところだろうか。
主人公の島村のキャラクターも光ってるし、ほかの登場人物も味がある。
テンポもいいし、読みやすい一方で、
いわゆる団塊世代の大好きな、都合のいい世代論を、バッサリ斬る。
バランスはいいが、かといってまとまりすぎでもない、読ませる1冊である。
物語の冒頭、主人公は単なるアル中のバーテンに過ぎない。
だが、事件に巻き込まれ、過去が明らかになっていく中で、
その無頼な魅力がより強く輝いていく様は、一種のヒーローもののようでもある。
多少スーパーマン過ぎるきらいがあるのは、
まあエンタテインメント小説である以上、しかたのないことだろう。
それが過剰にご都合主義につながるのではなく、
むしろ主人公の魅力を膨らます方向で作用している以上、不満はない。
事件が展開していく中で出逢う、奇妙なやくざと、勝ち気な少女もいい。
島村の能天気さに困惑しつつも、助けずにはいられない。
それでついつい…、なんていろいろ手を焼く中で、
この2人と主人公のキャラクター的な魅力が、相乗効果をもたらしていくのだ。
12年前の小説ということで、
ネットや携帯などにまつわるエピソードが、時代を感じさせるものの、
だからといって、物語そのものは色褪せていないのもさすが、という感じ。
惜しむらくは、ラストだろうか。
ネタとしては悪くないと思うのだが、少々詰め込みすぎた感はある。
好みの問題かもしれないが、ちょっと切れを欠くような印象を覚えた。
まあ、あれだけ話を膨らませてしまったら、
最後でドーンといきたくなるだろうし、いかざるをえないのだろうけど…
とはいえ、いまさらながら面白かった、と言い切れる作品。
藤原伊織、「シリウスの道」あたりも、ちょっと手をつけてみたくなる。
そう考えると、もう新作が出ない、という事実は重くのしかかる。
自分が読んでいたからどうだこうだ、ということは当然ないのだが、
やっぱり惜しい人をなくしたのかな、と感慨にふけってもみるのだった。