ジョー・ホールドマン「擬態―カムフラージュ (海外SFノヴェルズ)」

mike-cat2007-05-30



〝二〇一九年、一万メートルの深海で発見された謎の人工物
 そしてすべてに擬態可能な異性生命体と人類が遭遇した時…〟
ネビュラ賞ティプトリー賞受賞作。
太平洋の深海で発見されたオーパーツと、
人間を学び、人間として生きる、
シェイプチェンジャーをめぐる、壮大な物語だ。


2019年、太平洋の深海、トンガ海溝の一万メートルの海底で、謎の物体が発見された。
海洋工学の専門家ラッセルは、海軍提督ハリバートンから依頼を受け、調査を開始したが、
100万年もの昔からそこに沈んでいたオーパーツは、
ドリルはおろか、レーザーですら調査どころか傷一つつけられない、謎の素材でできていた。
一方、そのオーパーツ発見のニュースは、
100万年前から地球に住みついていた、ある生物を刺激した。
それは、人間に姿を変え、人間の世界に順応していたシェイプチェンジャー<変わり子>だった―


パッと見る感じは、映画化もされたマイケル・クライトンの「スフィア―球体 (Hayakawa Novels)」、
もしくはスティーヴン・キングの「トミーノッカーズ 上 (文春文庫)」「トミーノッカーズ 下 (文春文庫)」といったところか。
実際、作品の中にも登場人物が、
「そんなようなのを、昔、スティーヴン・キングの小説で見かけませんでしたっけ?」
なって、ジョークめかしていうシーンもあるのだから、作者自身も多少意識はあるのだろうか。


深海のオーパーツ、そして何にでも姿を変えるシェイプチェンジャー…
しかし、読み始めると、そのイメージはまったく違ってくる。
物語の軸となるのは、ラッセルら研究グループによる、
異星人、もしくは宇宙船らしき物体との、コンタクトの物語と、
人間の世界に入り込んだ<変わり子(チェンジリンク)>の、不思議な歴史。
そして、もう〝一人〟のシェイプチェンジャー<カメレオン>の物語である。
そのつながりそうで微妙につながらない物語は、
終盤でいくつかのミッシング・リンクがグイグイとつながり、
怒濤のクライマックスに、圧倒的なパワーと興奮をもたらしてくれる。


何よりも面白いのが、<変わり子>のたどった変遷である。
まだ人間の〝作法〟に詳しくなかった少年時代から、
二次大戦では米海兵隊員として、あの有名なバターン死の行進を経験。
戦後もさまざまな姿を取りながら、海洋学者として、
またアメリカ文学専攻の学生として、人間という生物の不可解な思考や行動様式を学んでいく。
その過程であぶりだされる、人間存在に対する単純にして、
根源的な疑問がまた、読む者を知的な興奮に陥れていくのだ。


シェイプチェンジャーの設定も面白いのだ。
何でもかんでも自由に姿を変えられる<変わり子>だが、
変身には時間はかかるし、痛みも伴う。そして、質量そのものは変えられない。
そこらへんの不便さも物語をサスペンスフルに盛り上げているのが、憎いところだ。


もし、何か瑕疵をあげつらうとすれば、<変わり子>の過去をたどる旅と、
現在のラッセルらの研究がより合わさるまでの、濃密な描写と比べ、
クライマックスがスピード感重視に感じられる点だろうか。
ここはまあ、好みが分かれるかも知れない。
だが、「ほお、そうくるのか!」という、
畳みかけてくるようなラストの衝撃には、ただただ感心するばかりだ。
読み終わった後の満足感は、保証付き。
決して、いわゆるハードSFではないのに、
ああ、SF読んだなあ、としばし心地よい余韻に浸れる、傑作なのである。


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擬態
擬態
posted with 簡単リンクくん at 2007. 5.29
ジョー・ホールドマン著 / 金子 司訳
早川書房 (2007.5)
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