桐野夏生「メタボラ」

mike-cat2007-05-09



〝破壊され尽くした僕たちは、<自分殺し>の旅に出る。〟
桐野夏生最新作は、記憶と人格をめぐる物語。
〝なぜ<僕>の記憶は失われたのか?
 世界から搾取され、漂流するしかない若者は、日々の記憶を塗りかえる。
 孤独な魂の冒険を描く、まったく新しいロードフィクション!〟
タイトルは、なかなか気になる用語? と思いきや、
〝メタボラ…「メタボリズム(METABOLISM)」からの造語。
 そもそもは生物学用語で「新陳代謝」の意味だが、
 都市を生物体としてとらえようとする建築家たちの運動でもある。〟
いわゆるメタボリック症候群とは、おそらく語源は一緒と思われるが、ぜんぜん違う話題のようだ。



漆黒の闇に包まれた深い森の中、山蛭にまみれながら、必死で逃げる<僕>。
ここがどこであるか、自分が誰であるかもわからない<僕>は山道で、
宮古島出身の青年・昭光と出会い、ともに街の光を追い求める。
ギンジという新しい名前を手にした<僕>は、
ジェイクを名乗り始めた昭光とともに、新しい自分を探すため、沖縄を彷徨い歩く―



「ここはどこ? わたしは誰?」でお馴染み、記憶喪失を題材にした物語。
しかし、そこは桐野夏生、一筋縄ではいかない。
ふつうなら、記憶を取り戻すため、奮闘するはずの<僕>は、記憶から背を向ける。
<ココニイテハイケナイ>
こころに響く、強力な忌避感が、かつての自分を否定する。
過去の自分が何者かもわからないまま、新しい自分を追い求めていくのだ。


ただただ助けて、と懇願しているだけだった<僕>が、
わずかばかりの小銭、偽りに過ぎない名前を手にすることで、
人格そのものまで変わっていく姿は、なぜだか、とてもリアルに感じる。
少しずつ、新しい記憶が生まれ、新しい<僕>ギンジの人格ができあがる。
〝「磯村ギンジ」が人格形成を始めているのだとしたら、どうだろうか。
 記憶の上書き保存に加えて、新しい僕の人格が、
 膨らんでは歪み、歪んでは膨らんで、形成されるのだ。
 あの窓の下のガジュマルの木のように。
 僕はこの思いつきがとても気に入った。
 いろんな経験をして、他人に舐められない巨大な人格になりたかった。〟


やんばるの森から名護、そして那覇へ…
舞台を移し、<僕>は新たな属性を手にしていく。、
だが、物語は後半、ちょっとした触媒をきっかけに大きく変転する。
そこに描き出されるのは、圧倒的な破壊の物語、そして敗残の物語。
凄惨な過去と向き合う中で、<僕>ギンジがさらされるアイデンティティ・クライシス
何かから逃げ続けてきた<僕>と、故郷から逃げ続ける昭光の物語が、
まるで悪夢のように読者を圧倒し、魅了する。
作品の完成度という部分では、多少問題もあるような気がするが、
そこに展開する物語の圧倒的なパワーには、さすが桐野夏生、と唸るしかない。


格差社会であったり、ニートであったり、沖縄の基地問題であったり…
ところどころに織り込まれる社会的な視点も、どこか挑戦的な社会派作品。
それでいて、それぞれの話題が、無理矢理詰め込んでいる感じは皆無だ。
あくまで自然に、つかみどこのない現代の光景を切り出して見せる。
「グロテスク」をはじめ、傑作揃いの桐野夏生だが、これまた一気読み必至の快作。
分厚いボリュームもなんのそので、あっという間に読み終えてしまったのだった。


Amazon.co.jpメタボラ


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

メタボラ
メタボラ
posted with 簡単リンクくん at 2007. 5.10
桐野 夏生著
朝日新聞社 (2007.5)
通常24時間以内に発送します。