絲山秋子「ダーティ・ワーク」

mike-cat2007-05-06



〝もう一度会えたとしても、もう一度別れは来る〟
ローリング・ストーンズのアルバム〝Dirty Work〟を題した、
絲山秋子最新作は、連作でさまざまな人間模様を描く。
〝この世界の地続きのどこかで繰り広げられる、
 ささやかな物語、小さな奇跡。
 芥川賞作家が描く、初の連作短編群像劇。〟
〝Worried About You〟から始まる7編は、
いずれも、ストーンズのナンバーがタイトルに冠せられている。


冒頭の〝Worried About You〟は、
かつての相棒でベーシストの〝TT〟に思いを馳せるギタリスト、熊井望の物語。
〝彼女は自分をもてあましている。もてあまし続けている。
 自分のことを自分に弾けない楽器のようだと思う。
 楽器である自分とプレーヤーとしての自分が合ってない。
 上手に弾けたら楽しい人生なんだろうが、
 彼女は自分に苛立っているだけで時間を消費している。〟
28歳の彼女が抱える苦悩と、ひりひりとした思い出が胸を突く一編だ。


〝Sympathy for the Devil〟は、
外車ディーラーの広報を務める貴子の物語。
煮え切らない恋人、辰也との関係に悩む毎日に飽き飽きし、
何だか気になる兄嫁の麻子さんとの旅行に出かける。
Moonlight Mile〟は、
朝の関越道をひた走る遠井の物語。
かつてふられた相手からの、思いがけない病気の告白。
「会いに来て欲しい」という美雪のもとへ、戸惑いながら見舞いへ向かう。
〝Before They Make Me Run〟は、
安酒とパチンコに溺れる〝弟〟、
安心感を抱ける恋人・貴子をよそに、浮気を繰り返す辰也、
無性に何かを変えたい、と願う、熊井望の親友・高田…
3人の独白が、かすかに混じり合う、インターミッション的な一編だ。


〝Miss You 〟は、
花屋の辻森さんのもとへ、結婚する姉のブーケを作りに行く〝私〟の物語。
姉との複雑な関係、辻森さんへのほのかな恋心、浮気者の辰也への愛憎…
さまざまな想いに揺れる〝私〟の気持ちが、何だか新鮮な一編。
〝Back to Zero 〟では、
かつて入院友達だった遠井と、辻森さんの物語が混じり合う。
女性の写真を撮り続ける辻森さんの、ある写真に出会った遠井。
その顛末は、最後の〝Beast Of Burden 〟で結実する。
〝それは初秋の一番美しい時間でした。傾いた日が、全ての色をすこしずつ変えて行く、
 光に照らされたものだけが残り、見たくないものがだんだんに色を失っていく瞬間でした。
 私たちは一緒に座って、たくさん話したいと思っていたのに、
 殆ど喋ることがないことに戸惑っていました。
 かといって目を見るのも恥ずかしくてそっぽを向いてしまうのです。〟
何だか、ほろ苦い感じが、とても伝わってくる、そんな一編だ。


オビにもあるように、語られるのはいずれも、ささやかな物語や、かすかな奇跡。
意外な展開が用意されているわけでもないし、
圧倒的な感動が準備されているわけではない。
だが、ひとつひとつの情景に用いられる、描写の美しさ、が、
いかにも絲山秋子らしい、独特の物語世界を紡ぎ出している。
ともすれば、読み流してしまいそうになる作品だが、その味わいは深い。
もう一度、また時間を置いて読み直したい、そんな1冊だったように思う。


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ダーティ・ワーク
糸山 秋子著
集英社 (2007.4)
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