大崎梢「サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ (ミステリ・フロンティア)」

mike-cat2007-04-27



〝書店限定の名探偵、今日も密かに活躍中!〟
本好きにとっては、最大のお楽しみのひとつでもある、
書店めぐりが一層面白くなる、待望のシリーズ第3弾。
〝取り寄せ、付録など、書店にまつわる5つの謎を収録。〟
前作の「晩夏に捧ぐ<成風堂書店事件メモ・出張編> (ミステリ・フロンティア)」は長編だったが、
シリーズの原点でもある第1作配達あかずきん (ミステリ・フロンティア)」と同じく、
さまざまなお題を取り上げた連作で贈る、書店ミステリだ。


成風堂は駅ビルの6階にある中規模の書店。
しっかりものの書店員・杏子と、勘の鋭いアルバイト店員・多絵は、
日々の業務のかたわら、次々と本の謎、そして書店ならではの事件に巻き込まれる。
もちろん、立ち向かうのは書店限定の名探偵。
〝書店の謎は書店人が解かなくっちゃ!〟。
書店人の意地をかけた、多絵の推理がさえ渡る―


まずは、名探偵・多絵のプロフィールをおさらい。
〝多絵は杏子より三つ年下の二十一歳で、法学部に通う大学三年生。
 小柄で、どちらかといえば童顔。つるんとしたおでこと、しっかりした眼差しが印象的な女の子だ。
 性格は快活で負けず嫌い。
 中身はとても優秀で、このあたりではトップクラスとされる公立大学に現役合格している。
 本屋の仕事もほぼ完璧にこなし、手先の不器用さを抜かせば、
 語りぐさになりそうな出来のよいバイトといえるかもしれない。
 加えてもうひとつ、彼女には誰もが舌を巻く特異な才能があり、
 珍事が起きるたびにお出まし願ってしまう。
 杏子だけでなく、この頃ではほかのスタッフまでも頼りにしているのだ。〟
あらためておさらいしてみると、このシリーズの魅力は、
書店という舞台もさることながら、この多絵のキャラクターにも依るところは大きい。


最新作でも、いかにも書店らしいお題と謎が次々登場する。
まずは冒頭の「取り寄せトラップ」。
〝今まで“そんな馬鹿な”という言葉を何度口にしてきただろうか〟で始まる一編は、
書店員にとっての悩みのひとつである、お取り寄せ、がお題となっている。
十日間の間に相次いだ、同じ本の注文。
しかし、確認の電話を入れると、4件の注文が4件とも「注文なんてしていない」の反応が。
誰が? 何のために? 杏子と多絵は、問題解決に乗り出すが…


基本的に取り寄せは嫌いだ。
申し込むのが面倒だし、時間もかかる。
待っている間に、ほかの店で見つけたら、あまりに悔しい…
そんなわけで、大都市部ならではの手法ではあるが、とにかく探し歩く。
最近はアマゾンだのbk1だので、ほんの数日あれば自宅まで届くし、ずいぶんと便利になった。
それでも、やはり書店で取り寄せ、というのは、これまでしたことがない。
だから、こうして読んでみると、かなり受ける側でも面倒な作業であることがわかる。
ましてや、困った客というのは、まあ驚くほどいろいろなのがいるようだ。


「何よ、それ。全部で八件だよ、八件。
 受け付けて、出版社に問い合わせ、お断りだの確認だのの電話をいちいちかけたんだよ。
 そのたんびに焦って、驚いて、困って、謝って。
 そして関わった人全員が背中を寒くしているの。ひどいよ。こんなのって、ある?」
こう憤る気持ちは、つくづくよくわかる気がする。


お次は「君と語る永遠」。
なぜか広辞苑にこだわる少年と、近辺で起きる悪質な悪戯…
突如姿を消した少年は、いったいどんな秘密を抱えているのか―
こちらのお題は、書店空間そのもの、だろうか。
「バイト金森くんの告白」のお題は付録。
憧れの彼女に渡されたのは、雑誌の付録。思い悩む青年に、多絵が救いのひと言を贈る。
ゴムで綴じたり、紐で綴じたり、ただでさえ少ないスペースをぶんどる付録の〝恐ろしさ〟が、よくわかる。


表題作の「サイン会はいかが?」のお題は、もちろんサイン会。
謎のファンの正体を探るべく、書店探偵を頼ってきた人気ミステリ作家。
作家ですら解けない謎を、果たして多絵は解くことができるのか―
こちらもサイン会にまつわるあれこれが、なかなかに興味深い一編。
あまりサイン会に縁はないが、これも書店員の皆さんにとっては悩みの種のようだ。


そして最後の短編「ヤギさんの忘れもの」 も、お題は書店空間。
人気のパート店員が夫の転勤で辞めてしまった。
報せを聞き、しょげる老人は、今度は成風堂で大事な手紙をなくしてしまう。
なくしものばかり…、とますますしょげる老人を、杏子たちは励ますことができるか―
こちらは、この1冊を締めくくるような、杏子の独白が印象的だ。


〝好きでないと務まらない。
 よくそう言われるが、好きであることすら忘れるようなめまぐるしい毎日だ。
 検品、品出し、レジ、返品、発注。
 そこに接客業の煩わしさや、売り上げの重圧がかかり、
 これ以上できないと切れそうになるのはたびたび。激務の割に低賃金でもある。辞めていく人も多い。
 けれど本をカイしてのささやかな出来事は、ときに楽しく、ときに刺激的で、ときにほろりとさせてくれる。〟
思わず、いいなあ、と思ってしまう一節である。
3作目にして、ますますこのシリーズ、いい感じの盛り上がりを見せている。


ちなみに、この本には、「成風堂通信vol24.」なる特別付録つき。
新刊予告と間違えて捨てないように、お気をつけあそばせ、というやつだ。
KとF(杏子と福沢?)による対談や、成風堂のタイムテーブル、
成風堂のアルバイト募集のお知らせ(もちろん嘘だが)、
暴れん坊本屋さん」の久世番子のマンガや、
大崎梢によるエッセイまで載っているという、優れもの。
そして、その隅っこには大崎梢による、新シリーズ開始の告知も。
これから、ますます見逃せないな、と期待はますます膨らんでしまうのだ。


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サイン会はいかが?
大崎 梢著
東京創元社 (2007.4)
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