ラッタウット・ラープチャルーンサップ「観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)」

mike-cat2007-04-05



〝人の絆はもろく、はかない。
 しかし、それゆえに美しい―――〟
シカゴ生まれバンコック育ちのタイ系作家による7編。
〝色鮮やかなタイを舞台に恋、孤独、別れ、
 家族を優しく綴る期待の新人作家による短編集〟
LAタイムズ、ワシントン・ポスト、ガーディアンなど、
英米有力紙から絶賛したという、評判の1冊である。


冒頭の「ガイジン」は、
ガイジンばかりのタイの島で、次々とアメリカ娘に惚れる〝ぼく〟の物語。
六月はドイツ人、七月はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、八月は日本人…
ガイジンによって潤され、ガイジンによって蹂躙される、タイの楽園。
母いわく「セックスと象だよ。あの人たちが求めているのはね」
そんな島に生まれた、アメリカ軍人との間に生まれたハーフの〝ぼく〟。
飼っている豚の名前は、クリント・イーストウッド
アメリカに憧れ、島を訪れるアメリカ娘のひと夏限りのロマンスの相手を務める。
もう二度と恋しないと誓っても、また惚れてしまう、その切なさが泣かせる。
豚のクリントが醸し出す、何ともいえないペーソスあふれるラストが印象的だ。


「カフェ・ラブリーで」は、
兄に連れられて行った売春宿で11歳のぼくが垣間見た〝大人の世界〟
これもまた、周囲の世界に縛られた〝ぼく〟が切ない。
誕生日祝い、恋い焦がれたハンバーガーを口にした〝ぼく〟だったが、
その憧れのハンバーガーをいきなり戻してしまう。
〝なぜかわからないが、突然ぼくは、
 できるだけ早くこれを食べてここから出たほうがいいと思った。
 ぼくはもう、ちっともうれしくなかった。〟
実際こうした経験があるわけではないが、すごく伝わってくるエピソードである。


「徴兵の日」は
無二の親友ウィチュとともに出かけた徴兵抽選会の話。
親に徴兵逃れをお膳立てしてもらいながら、それをウィチュに言い出せない、
〝ぼく〟のこころの葛藤と、ウィチュの家族の悲哀がこころに迫る一編だ。
表題作の「観光」は、
失明しつつある母との、最後の旅に臨む〝ぼく〟の物語。
旅先は〝天国〟とも称される美しいリゾート地アンダマン諸島の最南端、コー・ルクマク。
〝観光よ。バンコックの駅で切符を買うと母が言った。ガイジンになるの。観光客になるのよ。
 母と過ごす最後の夏だ。夏の終わりにはぼくは北の職業大学に行くつもりでいる。〟
光を失いつつある母に、後ろ髪を引かれつつも…、という切なさ。
アルマーニのサングラスにまつわるエピソードが何とも泣かせる。


プリシラ」は、
金歯で埋めたカンボジア難民の娘、プリシラとの出会いを描く一編。
難民差別に遭遇し、それでも何もできない自分たちの無力感が、悲しく響く。
タイ人と結婚した息子のもとで晩年を過ごすアメリカ人を描く、
「こんなところで死にたくない」は、
欧米ではかなり評判のよかった一編だとか。
体の自由も利かず、異国で過ごす老年期、というのは、万国共通できっついかもしれない。
「闘鶏師」は、
闘鶏に負け続け、自らだけでなく家庭まで破滅をもたらす父の姿を見つめる娘の話。
これは、どうにもこの〝負け犬〟な父に呆れるばかりで、あまり感情移入できず。
こちらも万国共通で、こういうどうしようもないオトコというのはいるものだ、という印象だ。


以上7編。
多少微妙な部分も含みつつ、それでも、また読んでみたいな、と思わせる、
そんな余韻を残し、駆け抜ける7編といったところか。
ベストを挙げるなら「ガイジン」、次点が「観光」という感じだ。
どちらも思わず涙…、という感じで、各紙絶賛の惹句が頷ける。
タイの風景を思い浮かべながら、読むひととき、なかなかオツである。


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観光
観光
posted with 簡単リンクくん at 2007. 4. 6
ラッタウット・ラープチャルーンサップ著 / 古屋 美登里訳
早川書房 (2007.2)
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