伊坂幸太郎「ラッシュライフ (新潮文庫)」

mike-cat2007-04-02



〝巧緻な騙し絵のごとき現代の寓話の幕が、今あがる〟
そういえば未読だった、伊坂幸太郎の2002年度作品。
ジョン・コルトレーンの〝Lush Life(豊潤な人生)〟をモチーフに、
〝lash(むち打つ)〟に〝lush(豊富な、華麗な)〟、
〝rash(無分別な、軽率な)〟〝rush(突進する、殺到する)〟と、
さまざまな意味をかけながら、杜の都・仙台を舞台に送る群像劇。
M.C.エッシャー「ASCENDING AND DESCENDING」の装画も印象的に使われている。


金で何もかもが買える、と信じる大物画商に、
仕事を失い、途方に暮れる男、美学にこだわる空き巣狙いに、
〝未来が見える〟新興宗教の教祖に惹かれる画家志望の男、
愛人の妻の殺害を謀る心理カウンセラーに、弱気なJリーガー(2部)…
ある事件を軸に、複雑に交差する人間模様、そして意外な結末。
伊坂幸太郎らしい洒脱な会話と、巧みに仕掛けられた展開が読者をけむに巻く。


たとえていうなら、クエンティン・タランティーノの「パルプ・フィクション」だろうか。
一見何の関わりもないような、4つの物語、そして登場人物。
複雑に交錯する時間軸の中、次第に収束していく物語が、何とも心地よい。
多少アクロバティックではあるけど、さまざまな物語が、
噛み合わさっていく時の、そのスピード感、爽快感は、もう格別だ。



会話もさることながら、ほかの伊坂作品と密接にリンクする登場人物たちもいい。
たとえば「フィッシュストーリー」にも登場する、美学を持つ泥棒・黒澤。
すれ違う人を観察し、その人物像を詳細に推測するのが習性だ。
〝実際、家に忍び込んだ時に、自分の想像と彼らの現実が一致した時には、
 仕事以上の達成感がある〟という、何ともこだわりの人物である。
〝仕事〟後の書き置きには、被害者への気遣いも忘れない、個性派泥棒が、
風変わりな事件、風変わりな物語を、より風変わりにもり立てていく。


〝職はないのに犬と拳銃はある〟豊田の物語も何とも味わい深い。
半ば騙され、職を失った男は、再就職先探しで、40社たてつづけに不採用を食らう。
自らを無価値に感じ、とぼとぼと歩く豊田が、事件に巻き込まれていく。
で、この豊田と行動をともにするのが、老いた柴の野良犬だ。
あざとい、といえばこれほどあざといやり口もないが、わかっていてもこれが泣かせる。


何かに迷い、息詰まる人々が、もう一度道を見つける様も、グッとくる部分だ。
「息詰まっているとおまえが思い込んでいただけだよ。
 人っていうのはみんなそうだな。例えば、砂漠に白線を引いて、
 その上を一歩も踏み外さないように怯えて歩いているだけなんだ。
 周りは砂漠だぜ、縦横無尽に歩けるのに、
 ラインを踏み外したら死んでしまうと、勝手に思い込んでいる」
いかにも伊坂幸太郎らしい、決めのセリフが胸に響く。


完成度、という意味では、ほかの伊坂作品と比べて突出した印象はないが、
ストーリーに転がされる快感、という部分では、作品中一、二を争う面白さだろう。
エッシャー作品に見立てた〝壮大な騙し絵〟は、見事の一言に尽きる。
いまさら読んでおいてなんだが、やはりすごい、と感心するしかない。


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ラッシュライフ
伊坂 幸太郎著
新潮社 (2005.5)
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