トマス・ハリス「ハンニバル・ライジング 上巻 (新潮文庫)」「ハンニバル・ライジング 下巻 (新潮文庫)」

mike-cat2007-03-30



〝我、いかにして怪物となりしか。〟
〝今、善悪の彼岸に血潮満ちたり。〟
前作「ハンニバル(上) (新潮文庫)」「ハンニバル(下) (新潮文庫)」から7年。
ハンニバル・レクターものの最新作にして、
その怪物誕生の原点を描く、という、時系列的には最初の作品が登場だ。
スター・ウォーズでいえば、エピソードⅠに当たるこの作品で描かれるのは、
前作でも一部触れられた、妹ミーシャの惨劇をめぐる一連の顛末。
微妙な厚さの2分冊にブツブツ文句を言いつつ、餓える気持ちで読み始める。


第二次世界大戦当時の1941年、リトアニア
ハンニバル峻厳公の末裔、8歳のハンニバル・レクターは、
ナチス・ドイツの侵攻作戦によって、戦渦に巻き込まれようとしていた。
〝ヒヴィ〟といわれるナチスの自発的協力者によって、略奪が日常化。
レクター一家も城を明け渡し、森のロッジへと隠れ住むことを余儀なくされた。
しかし、戦争の惨劇はハンニバルの両親たちをも、奪っていく。
残された幼い妹、ミーシャとハンニバルにも、恐ろしい一味が迫る―


読み終えての感想は、ひとこと「拍子抜け」である。
「ハニバル・ザ・カニバル」ことレクター博士、衝撃のデビューとなった第1作、
レッド・ドラゴン 決定版〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)」「レッド・ドラゴン 決定版〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)」や、
ジョナサン・デミの監督で、アンソニー・ホプキンスジョディ・フォスターが主演した映画ではオスカーを独占、
サイコ・サスペンスの大きな潮流を作った「羊たちの沈黙 (新潮文庫)」、
レクター博士の強烈なキャラクター世界を存分に描いた前作「ハンニバル」と比べ、
〝格段に落ちる作品〟という評価は避けられないだろうと思う。
愛する妹を手にかけた対独協力者一味との復讐劇を中心にすえ、
〝怪物〟が誕生するまでを描いた、本来非常に興味深いはずの物語は、
まるで映画のノベライズを思わせるような、あっさりした描写で淡々と進んでいく。


ハンニバルの運命のひととして登場する、日本人の紫夫人は、
源氏物語」へのオマージュともいうべき展開の中で、重要な役割を果たす。
と同時に、一般的西欧人にとって、究極の恐怖でもある、
〝アンチ・クライスト〟的な部分が、どう形成されていたか、の部分も触れてはいる。
そして、ハンニバルの魅惑的なキャラクターの源でもある、
記憶の宮殿が形成されていくエピソードなども盛り込まれいている。
しかし、これまでの作品、特に「ハンニバル」ではあれだけねちっこく描写されていた、
さまざまなエピソードにまつわるディテイルが、この作品に限ってはやけに薄っぺらい。


かといって、テンポ重視の割には、敵の貧弱さもあってか、
復讐劇の盛り上がりの方も、さほど感心できる出来とはいえない。
ハンニバルの危機もさほど緊迫感がなければ、
妹の仇となる連中の死にも、さしたるカタルシスが感じられない。
読んでいて、「あれ? そんなもんなんだ」と思ってしまうほどだ。
(いや、現実に起こったら、とんでもない出来事ばかりだが…)


もっともっと、ハンニバル・レクターという稀代の怪物が誕生するまでに、
フォーカスを当て、ねっちりみっちりと濃厚に描いて欲しかったし、
もっともっと残虐で、とんでもない復讐劇を演じて欲しかった、というのが感想でもある。
トマス・ハリスも歳を取ってしまったのだろうか。
7年ものブランクを経て、差し出されたのがこれでは、期待外れもいいところだ。


そのトマス・ハリス自身が脚本を担当、ピーター・ウェーバー「真珠の耳飾りの少女」)が監督し、
ギャスパー・ウリエル「ロング・エンゲージメント」「パリ、ジュテーム」)が主演した同名映画は、GWに日本公開。
マスク付の前売り券は思わず買ってしまったのだが、
Rotten Tomatoesだと、かなり悪評ぷんぷんだ。
ひょっとしたら、と思いたいが、こちらも期待は禁物というところだろうか。


Amazon.co.jpハンニバル・ライジング 上巻 (1)ハンニバル・ライジング 下巻 (3)


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

ハンニバル・ライジング 上
トマス・ハリス〔著〕 / 高見 浩訳
新潮社 (2007.4)
通常24時間以内に発送します。
ハンニバル・ライジング 下
トマス・ハリス〔著〕 / 高見 浩訳
新潮社 (2007.4)
通常24時間以内に発送します。