エルモア・レナード「身元不明者89号 (創元推理文庫)」

mike-cat2007-03-26



〝犯罪症小説の巨匠が、デトロイトを舞台に
 <レナード・タッチ>で描く、食えない連中の物語〟
1977年作品〝UNKNOWN MAN NO.89〟が、田口俊樹の訳で登場だ。
〝人探し<マンハント>にひそむ危険な誘惑
 軽い気持ちで請け負った仕事<ヤマ>がいつしか男を窮地に立たせる〟
デトロイトの令状送達人ライアンが主人公の、一風変わった犯罪サスペンス。


デトロイトに住むライアンの職業は、裁判所の発行する法的文書の送達人。
人が嫌がる令状や召喚状を、機転を利かせて受け取らせる。
大きな稼ぎは見込めないが、自由が利くこともあって、お気に入りの仕事だ。
だが、ある日飛び込んできたのは、あてのない人探し。
ちょっとした小金目当てに、その仕事を引き受けたライアンだったが、
それがとんでもないトラブルの始まりだった―


レナード作品といえば、「ジャッキー・ブラウン」「ゲット・ショーティ」などなど、
映画ではだいぶお馴染みなのだが、さて原作の小説は、というと意外と縁がない。
読んだのは、ジャッキー・ブラウンの原作「ラム・パンチ (角川文庫)」など、数作品ぐらい。
何となくタイミングを逸したというか、たまたまきっかけがなかったのだが、
こうやって新たに刊行されると、やはり読みたくなってしまう。
そして、この作品、時代こそオールド・ファッションでありながら、少しも古くないのがすごい。
やはり、レナード小説って、経年劣化をしない、物語の確かな芯があるのだと思う。


簡単な人探しのはずが、どんどんとズレていくライアンのたどる先。
気づくとのっぴきならない状況に追い込まれ、それでいていいコトにもめぐり逢っている。
最後の窮地に陥ったライアンの物語が、心地いいほどに転がっていく。
アクションあり、お色気あり、そして頭脳戦も…
まさにエンタテインメントの王道をいく、爽快な作品なのである。


ライアンを取り巻く連中も、やはり、いうか、何というか。
いかにもレナードの世界である。
出てくる連中が、そろいもそろって、何ともおかしなやつばかり。
どこか信用ならない依頼主のミスター・ペレスしかり、
危険な経歴に彩られた〝探す相手〟のロバート・リアリーしかり、
その仇敵に愛人、警察のたれ込み屋に、ペレスの右腕…
小説の世界でしか、間違っても遭遇したくない危険人物たちだ。


ライアンが遭遇するのは、そんな、およそ〝食えない連中〟ばかりだが、
そのライアン自身はなかなか人を喰っている人物だったりするのがおかしい。
失敗に終わったかつての結婚生活を説明するのに、こう語る。
〝よくある話で、“隣の女の子”に隣の家とはまた違う暮らしをさせると、
 もはや“隣の女の子”ではなくなる。それに気づいたときにはもう遅かった。〟
なかなか含蓄があるというか、というか反省がないというか、まあそんな男だ。


飄々と自由気ままに暮らしていたライアンに〝欲しいもの〟ができたとき、
事態は急転直下、一気に危険のボルテージは上がっていく。
その騒動の末の結末もまた、味わい深さがあって、何しろ読ませるのだ。
ひさしぶりにレナード作品を続けて読みたくなるような、
さすがの<レナード・タッチ>に不思議な陶酔感を覚えるのだった。


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身元不明者89号
エルモア・レナード著 / 田口 俊樹訳
東京創元社 (2007.3)
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