マイクル・コナリー「エンジェルズ・フライト〈上〉 (扶桑社ミステリー)」「エンジェルズ・フライト〈下〉 (扶桑社ミステリー)」
〝90年代に生み出された警察小説の
頂点に君臨するコナリーの真骨頂がここに!〟
「堕天使は地獄へ飛ぶ」を改題した、
ハリー・ボッシュのシリーズもいよいよ第6弾。
LAのダウンタウンを舞台に、またも困難な事件が持ち上がる。
LAダウンタウンにあるケーブルカー、
通称<エンジェルズ・フライト>で起こった殺人事件。
被害者の一人は、LAPD相手の訴訟で次々と勝利を挙げる辣腕弁護士エライアス。
エライアスに怨みを持つ警察官の関与が濃厚な中、
捜査主任を命じられたのはハリウッド署の刑事ハリー・ボッシュだった。
人種問題、警察不信がくすぶり続けるLAで、政治問題と化した事件に挑むボッシュ。
天敵でもある内務監査課との合同捜査、社会不安を駆り立てるマスコミ、
混迷を極める事件の行方に加え、妻エレノアとの間に生じた亀裂…
まさに四面楚歌の状況で、ボッシュはどうやって、事件を解決に導くのか―
しかし、つくづくこのシリーズは飽きがこない。
過去の因縁にすべてケリをつけて、迎えた新展開。
新たな事件はまたも、とてつもない厄介な代物だった。
犠牲者は、これ以上ない、警官の敵、エライアス。
〝エライアスの顔と名前をロサンジェルスの大衆にひろく知らしめたのは、
メディアのたくみな利用であり、この街における人種差別の腫れた神経を探り当てる能力であり、
もっぱらひとつの特定条件に絞って弁護士活動を実践しているという事実であった――
すなわち、ロサンジェルス市警察を告訴するということに。〟
いわゆる〝人権派〟である。
そう、あの犯罪者の〝人権〟が大好きな連中。
警察活動の瑕疵を突いて、正義を訴える一方で、その盲点をついて私腹を肥やす。
そんな男が惨殺され、疑惑がかかるのは、警察という状況だ。
過酷な状況を強いられるのは、当然ボッシュ、ということになる。
内務監査課のアーヴィングだけでなく、本部長、特別監察官、政治…
そして、ロドニー・キング事件後の暴動を誘うかのように、事件を煽るメディア。
すべてがマイナス要因となるような状況で、
ボッシュが獅子身中の虫として抱え込むのが内務調査課のチャスティンだ。
〝ふたりの男は天敵同士だった。
チャスティンは二度、別の案件でボッシュを取り調べたことがあった。
どちらのときも、ボッシュはいかなる不正行為もおこなっていないということでからくも逃れていたが、
いずれもチャスティンはが強制的に手を引かされたあとでのことだった。
チャスティンには宿根に近いものを感じさせるほど忌み嫌われているようにボッシュには思えた。〟
加えて、ボッシュにとっての新しい弱点ともなる、妻エレノアとの関係にも変化が生じる。
何度となく、姿を消してしまうエレノアに、ボッシュは苛立ち、そして苦しむ。
〝二度とふたたびおのれの人生に訪れてほしくないと願っていた昔なじみの痛みを覚えた。
こんなにも孤独を覚えたことは、久しくなかった。
わが街でこんなにも余所者だと感じたのは久しぶりだった。
胸と喉に圧迫感があった。屋外にもかかわらず、屍衣に包まれているような閉塞感を覚える。〟
小説とはいえ、よくもこれだけ厄介ごとを抱え込むものだ、と感心してしまう。
このシリーズならではの、含蓄にあふれた描写ももちろん健在だ。
お題は、一世紀の時を越えて、建築家たちが称賛する、ダウンタウンのブラッドベリ・ビルディング。
ボッシュが、設計者ジョージ・ワイマンに想いを馳せる。
建築の専門家ですらなかったワイマンの、ただ一度の〝奇跡〟でもある建築について。
〝それはボッシュが好むたぐいの謎だった。
千載一遇の好機を活かしておのれの証を刻んだ男という考えは胸に強く訴えてくるものがある。
一世紀の時を隔てていても、ボッシュはジョージ・ワイマンと一体感を覚えていた。
ボッシュは千載一遇の機会をいうものを信じていた。〟
こうした味わい深い描写と、ジェットコースター的な展開がミックスされ、
ほかにない、サスペンスの傑作ができあがるのだ。
いわゆる楽屋落ちともいえる、おまけっぽい部分も登場。
〝この次〟の作品への、大きな期待を抱かせてくれるのもうれしい限りだ。
読み進めば読み進むほど、夢中になっていくこのシリーズ。
講談社文庫に移る次作「夜より暗き闇」も楽しみで仕方ない。
Amazon.co.jp→エンジェルズ・フライト〈上〉、エンジェルズ・フライト〈下〉