ロバート・ゴダード「眩惑されて(上) (講談社文庫)」「眩惑されて(下) (講談社文庫)」

mike-cat2007-03-20



〝自責のうちに不慮の死を遂げた元妻の名誉のために〟
千尋の闇」のロバート・ゴダードの最新作は、
18世紀と、23年前が交錯する、お得意のゴシック・ミステリー。
〝18世紀の英国政界を震撼させた謎の投書家ジュニアスから届いたメッセージの真意は?〟
18世紀からの手紙が掘り出す、驚くべき事実がいまを揺さぶる。
〝事件と歴史の謎を解くはずの『ジュニアス書簡集』の特装版は果たして存在するのか?〟
事件のカギを握る書簡集が、また新たな犠牲者を生み出す―


ストーン・サークルで知られる英国南部エイヴバリー。
モールバラ・ダウンズで、そこで物語は始まる。
幼い姉妹が犠牲となった、誘拐殺人事件。
謎は解かれることがないまま、23年の時が過ぎた。
事件で人生を大きく変えられた男、アンバーは、
別れた妻の死を引きずりながら、プラハで隠遁生活を送っていた。
だが、一通の手紙が、アンバーを再び23年前の事件へ引き戻す。
十八世紀の英国政界を揺るがした、謎の投書家〝ジュニアス〟を名乗るその手紙。
そのジュニアスこそ、23年前の事件にアンバーを引き込んだきっかけだった―


物語の発端となったエイヴバリー、英国王室の属領ジャージー島、そしてロンドン。
謎めいた雰囲気を醸し出す英国各地を舞台に、
実在のジュニアスをめぐる謎と、23年前の事件が錯綜し、さらなる犠牲者を生み出す。
ゴダード最大の特長でもある、過去の歴史と現在とが入り組む巧緻なプロットは健在。
謎めいた前半は読み進めるのにやや苦労するが、
次第に事件が正体を現していく後半は、一気に読み進めたくなるパワーに満ちている。


〝二十三年前、新進の歴史研究者だったデーヴィッド・アンバーは、
 彼の人生を変えたかもしれない出会いをもぎ取られた。
 だがそれでも、とにかく彼の人生は変わった。
 その人生は、彼の前途にひらけた孤独と絶望の夕べに通じる道筋をたどってきた。
 それは容赦なく彼を現在の場所へ連れてきた。
 そしてこのあとはどこへ連れていくのか、彼は考えたくなかった。〟
主人公アンバーが放り込まれるのは、まさしく途方に暮れてしまいそうな状況。
暗中模索の中で、少しずつ見えてくる光が、アンバーをどこに導くのかが面白い。


重厚にして、饒舌な語り口は、いかにものゴダード節だ。
〝涼しい雨の多い夏がにわかに暑い乾燥した天候に変わった七月末、エイヴバリーでそれは始まる。
 そのとき、モールバラ・ダウンズはめずらしい熱気の靄につつまれて揺らめき、
 ヒバリは羊が食いちぎった芝草の上の無風の空でさえずり、
 太陽は天空高く真鍮色に燃えていた。そして、地位におおわれ風雨に浸食された列石は、
 歩哨さながら、ほぼ五千年におよぶ歴史を見守りながらそこに立っていた。〟
冒頭から、交響曲を奏でるように、読者のこころに食い込んでくる。


もちろん、不満がないわけではない。
元警部や、ストーン・サークルのアマチュア研究家をめぐる、思わせぶりな伏線は、
終盤のスピーディーな展開の中で半ばほったらかしにされるし、
物語の結末そのものにも、少々「それで本当にいいの?」的な部分は残る。
正直、「千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)」「千尋の闇〈下〉 (創元推理文庫)」など、
過去の数々の傑作と比べてしまうと、あくまで標準的な作品という位置付けでしかないだろう。


それでも、やはりゴダード。読んで損はないことは間違いない。
〝それはエイヴバリーで始まった。だが、そこで終わらなかった。〟
どう終わらなかったのか、ゴダードに眩惑されつつ、
最後まで見届けてみるのもまた、一興ではないだろうか。


Amazon.co.jp眩惑されて(上)眩惑されて(下)


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

眩惑されて 上
ロバート・ゴダード〔著〕 / 加地 美知子訳
講談社 (2007.3)
通常24時間以内に発送します。
眩惑されて 下
ロバート・ゴダード〔著〕 / 加地 美知子訳
講談社 (2007.3)
通常24時間以内に発送します。