テアトル梅田で「今宵、フィッツジェラルド劇場で」
〝最後のラジオショウが終わるとき、新しいドアが開く〟
「M★A★S★H」、「ショート・カッツ」、「ゴスフォード・パーク」など、
数々の名作を残し、昨年11月に逝去したハリウッドの反逆児、
ロバート・アルトマンの遺作にして、集大成的な作品。
実在する公開放送のライブ・ショウ・ラジオ番組、
「A PRAIRIE HOME COMPANION」を舞台に、人生を豊穣に描く。
脚本は、番組の本物のホストとして出演も兼ねるギャリソン・キーラー。
出演はメリル・ストリープ(「プラダを着た悪魔」、「アダプテーション」)に、
ケヴィン・クライン(「ワンダとダイヤと優しい奴ら」、「イン&アウト」)、
リリー・トムリン、ウディ・ハレルソン、ジョン・C・ライリー、トミー・リー・ジョーンズ、
ヴァージニア・マドセン、リンジー・ローハン、メアリールイーズ・バーク…
アルトマンらしい、ため息の出そうなアンサンブル・キャストもすごい。
ミネソタ州セントポール、土曜の夜のフィッツジェラルド劇場。
そこで、ひとつの時代が終わろうとしていた。
時代遅れの公開ラジオ・ショウ「プレイリー・ホーム・コンパニオン」の最終回。
カントリーにゴスペル、フォークなどのアメリカ音楽に彩られ、
地元ラジオ局の人気番組として親しまれたこの番組も、
企業買収の波に呑み込まれようとしていた―
ラジオ・ショウ全盛の時代の記憶はない。
だが、この映画で描かれる公開番組は、懐かしいノスタルジーに満ちている。
「ナッシュビル」や「カンザス・シティ」さながらの、音楽への思い入れも伝わってくる。
次々と登場するミュージシャンたちのライブに軽妙なおしゃべり、
メインホストによる生CM(コーヒーやダクトテープ、ビスケット…)、
台本がとっ散らかってしまった挙げ句の絶妙なアドリヴ…、と、
まさに手作りを感じさせるようなシーンの数々は、目にも耳にも楽しい。
白いコートに包まれた謎の美女に、ラジオ局を買収したテキサスの企業家が登場、
どこか気取った探偵崩れの警備員や、臨月間近のディレクターの活躍もあったり、と、
のどかなユーモアとペーソスに包まれた、舞台裏の人間模様もグッとくる。
出演者たちが昔を懐かしみ、いまの風潮をチクリとやってみたり…
そんな、アルトマン作品らしい風刺も効いた、粋な作りとなっている。
時代遅れのラジオ番組、という設定だが、パンフレットの解説によると、
実際の「プレーリー〜」は、何といまも現役の人気番組として、
はては英国やアイルランドにまで出向いて、公開収録を行っているほどとか。
また、実際の番組では架空の街、架空の商品、架空のCMを使ったコメディなど、
音楽だけではない、ヴァラエティ・ショウとして、人気を博している、ともある。
だから、映画では寂しい想いをしても、ご安心、というところか。
エンドクレジットの謝辞では、
〝後継者〟ポール・トーマス・アンダーソンの名前も登場する。
何と、アルトマンにもしものことがあった時の、スタンバイ監督だったとか。
あのいまをときめく才人を控えに置くなんて、アルトマン伝説の最後にふさわしい気がする。
ひとつの時代の終わりを描いている上、遺作と承知で観るからもあるのだろう。
目にするすべてのシーンが、どうにもこころに沁みてくる。
アルトマン自身にとって、最後のメッセージでもあったのだろうか。
もうアルトマン作品を観られない寂しさと、そんな感慨深さが、印象深かった。