テアトル梅田で「今宵、フィッツジェラルド劇場で」

mike-cat2007-03-21



〝最後のラジオショウが終わるとき、新しいドアが開く〟
「M★A★S★H」「ショート・カッツ」「ゴスフォード・パーク」など、
数々の名作を残し、昨年11月に逝去したハリウッドの反逆児、
ロバート・アルトマンの遺作にして、集大成的な作品。
実在する公開放送のライブ・ショウ・ラジオ番組、
「A PRAIRIE HOME COMPANION」を舞台に、人生を豊穣に描く。


脚本は、番組の本物のホストとして出演も兼ねるギャリソン・キーラー。
出演はメリル・ストリープ「プラダを着た悪魔」「アダプテーション」)に、
ケヴィン・クライン「ワンダとダイヤと優しい奴ら」「イン&アウト」)、
リリー・トムリン、ウディ・ハレルソン、ジョン・C・ライリー、トミー・リー・ジョーンズ
ヴァージニア・マドセンリンジー・ローハン、メアリールイーズ・バーク…
アルトマンらしい、ため息の出そうなアンサンブル・キャストもすごい。


ミネソタ州セントポール、土曜の夜のフィッツジェラルド劇場。
そこで、ひとつの時代が終わろうとしていた。
時代遅れの公開ラジオ・ショウ「プレイリー・ホーム・コンパニオン」の最終回。
カントリーにゴスペル、フォークなどのアメリカ音楽に彩られ、
地元ラジオ局の人気番組として親しまれたこの番組も、
企業買収の波に呑み込まれようとしていた―


ラジオ・ショウ全盛の時代の記憶はない。
だが、この映画で描かれる公開番組は、懐かしいノスタルジーに満ちている。
「ナッシュビル」「カンザス・シティ」さながらの、音楽への思い入れも伝わってくる。
次々と登場するミュージシャンたちのライブに軽妙なおしゃべり、
メインホストによる生CM(コーヒーやダクトテープ、ビスケット…)、
台本がとっ散らかってしまった挙げ句の絶妙なアドリヴ…、と、
まさに手作りを感じさせるようなシーンの数々は、目にも耳にも楽しい。


白いコートに包まれた謎の美女に、ラジオ局を買収したテキサスの企業家が登場、
どこか気取った探偵崩れの警備員や、臨月間近のディレクターの活躍もあったり、と、
のどかなユーモアとペーソスに包まれた、舞台裏の人間模様もグッとくる。
出演者たちが昔を懐かしみ、いまの風潮をチクリとやってみたり…
そんな、アルトマン作品らしい風刺も効いた、粋な作りとなっている。


時代遅れのラジオ番組、という設定だが、パンフレットの解説によると、
実際の「プレーリー〜」は、何といまも現役の人気番組として、
はては英国やアイルランドにまで出向いて、公開収録を行っているほどとか。
また、実際の番組では架空の街、架空の商品、架空のCMを使ったコメディなど、
音楽だけではない、ヴァラエティ・ショウとして、人気を博している、ともある。
だから、映画では寂しい想いをしても、ご安心、というところか。


エンドクレジットの謝辞では、
〝後継者〟ポール・トーマス・アンダーソンの名前も登場する。
何と、アルトマンにもしものことがあった時の、スタンバイ監督だったとか。
あのいまをときめく才人を控えに置くなんて、アルトマン伝説の最後にふさわしい気がする。
ひとつの時代の終わりを描いている上、遺作と承知で観るからもあるのだろう。
目にするすべてのシーンが、どうにもこころに沁みてくる。
アルトマン自身にとって、最後のメッセージでもあったのだろうか。
もうアルトマン作品を観られない寂しさと、そんな感慨深さが、印象深かった。