樋口有介「刺青(タトゥー)白書 (創元推理文庫)」

mike-cat2007-03-03



〝ひとりの少女の死が人生の歯車を狂わせる。
 バラのタトゥーに隠された哀しい絆が、柚木を不安にさせる〟
「」の柚木草平シリーズの番外編的作品。
〝女子大生・鈴女の青春に、柚木の優しさが絡み合う。
 青春私立探偵シリーズ第四弾、初文庫化!〟
美女に惑わされる38歳の〝俺〟の視点から描かれた過去3作とは違い、
ちょっとイケてない、メガネっ娘・鈴女も主人公に、三人称の視点で描く。


売り出し中のCMアイドル神崎あやが自宅で惨殺された。
女性アナウンサーに内定していた伊東牧歩は、隅田川で水死体となった。
2人とも中学校の同級生だったことに衝撃を受けた三浦鈴女は、
事件の裏にある何かを調べるため、自ら調査に乗り出す。
雑誌編集長を務める父も事件に興味を覚え、私立探偵の柚木草平に取材を依頼する。
死んだ2人の肩にあった、消された刺青<タトゥー>は何を意味するのか−


文庫判あとがきによれば、
ハードカバー刊行時に担当編集者から「もうひと息」呼ばわりされた作品だという。
だいぶショックを受けた顛末なども書かれているが、
しばしの時間を経て、加筆修正した結果、〝相当の傑作〟と自負するまでになったとか。
確かに、いわゆるミステリ的な文脈からいくと、雑さも目立つ気がするが、
ひとつの核となる鈴女の青春模様に、柚木というトリックスターを加えることで、
なかなか風味豊かなドラマに仕上がっているのではないか、と思う。


ちなみに柚木草平を登場させたのは、一種の読者サービスなんだそう。
一人称視点では語りづらい、柚木の外見などを描写するのも目的だったとか。
初めて柚木を眼にした鈴女の視点から描かれる柚木は、なかなか興味深い。
〝脂っけのないのない長髪を無造作にかきあげ、黒いTシャツに綿ジャケット。
 歳は四十前らしいがヤクザっぽい雰囲気の中にへんな色気が感じられて…〟
なるほど、ワルそうなオトコだな、とヘンな感心をしてしまいそうになる。


もちろん、つねに女性関係に悩まされる柚木の持ち味はこの番外編でも健在だ。
あっちの美女にフラフラ、こっちの美女にフラフラ…
年増に熟女、風俗嬢からコムスメまで、今回も広い守備範囲で攻めていく。
その軽妙な語りは、いかにも愛すべき(もしくは憎むべき)女たらしのそれである。
たとえば、死んだ神崎あやのマネジャー持田奈々世に食い込もうという場面。
「取材でもなければあなたのような美人を、食事に誘えない」
「女には待つ甲斐のある女とない女がいる」
「もちろん、あなたなら、何時間でも待たせてもらいます」
〝芸能プロダクションに興味はなく、 本心を言えば持田奈々世にも興味は感じなかった。
 そんくせ台詞だけは昼メロの間男ふうに決まってしまうのだから、これはもう病気なのだろう。〟


しかし、この小説の最大の持ち味は、平々凡々とのんびり生きてきた鈴女が、
6年の歳月を経て大きく変わった中学校の同級生たちとの思わぬ再会と、
悪意も含めたさまざまな人間の感情に触れることで、大きく成長していく姿だろう。
「江戸時代における春本の社会的効用」なんて卒論テーマを掲げ、
古書店の軒先で、江戸時代に妄想タイムスリップしている、ちょっとズレた女子大生。
そんな、浮世離れした少女だった鈴女が、事件を通じてひとりの女性に成長する。


もちろん、同級生が次々と死ぬわけで、決して望ましい事態ではない。
自分が知らないところで、不運に見舞われていた同級生にショックを受け、そして悩む。
〝ひたすら無為に、呆れるほど平凡に生きてきた自分にくらべて、
 同級生たちの、なんと不幸だったことか。
 うっかり関わった今回の事件に、これ以上の関わりをもつ必要があるのか、
 自分にそんな資格があるのか、鈴女はひどく不安だった。〟
〝生きていることがこれほど辛いなんて、親も教師も、教科書も小説も、
 今まで誰も、鈴女に教えてくれなかった。〟


だからこそ、柚木独特の優しさは、鈴女のこころに深く沁みこむ。
そして、人生の悲哀を受け入れて、彼女は再び新しい一歩を踏み出す。
定番かもしれないが、繊細な語り口で描かれるそのドラマは、とても印象的だ。
〝柚木草平シリーズ〟の看板につられて読み出したが、
気づけばスズメちゃんの青春に、すっかり魅了されている、というところだろうか。


東京創元社によれば、柚木草平シリーズはこれで第1期の刊行を終了、
時間を少々置いて、夏から再び第2期分の刊行が始まるという。
やや待ち切れない気持ちを、講談社文庫(絶版?)漁りにぶつけるか、
それともじっくりと復刊を待つべきか−、なかなか悩ましいところではあるのだ。


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