佐藤正午「5」

mike-cat2007-02-23



〝出会った頃の情熱は今どこにありますか
 本当の愛を探し求める孤独な魂たちへ。新感覚の恋愛小説〟
佐藤正午、7年ぶりの新作長編。
そして〝著者会心の最高傑作〟だそうだ。
これまで読んだことがあるのは「ジャンプ (光文社文庫)」だけ。
あとは時任三郎大竹しのぶ主演の映画、
「永遠の1/2」ぐらいしか馴染みがないのだが、
最高傑作というんだから、とりあえずは信じてみることにする。


〝彼〟の名は、中志郎。
倦怠期を迎えた妻、真智子とのバリ旅行で起こった、
不思議な出来事をきっかけに妻への〝愛の記憶〟が甦る。
〝僕〟の名は、津田伸一。
かつては直木賞も獲った作家だが、筆禍事件がもとで二度の休業を余儀なくされた。
ネットで知り合った人妻たちとの、何となくな情事で日々を過ごす。
そんな〝僕〟は、関係のあった真智子を通じ、〝彼〟と出会う。
それは、愛の記憶、こころの記憶をめぐる、不思議な邂逅だった−


何とも、つかみどころのない小説である。
悪くいえば、ワケわからない、とも言えるだろう。
〝愛の記憶〟をめぐる何かは、結局のところ大した結論には達しないし、
迷走を続ける〝彼〟や〝僕〟には、ほとんど感情移入できない。
だからといって、ストーリーそのものに圧倒的なパワーがあるわけではない。
何ということのない、ちょっと不思議な話が、
あまり魅力のない登場人物によって進められていくだけである。


だが、それでいてこの小説、けっこう読ませることも確かなのだ。
もちろん、それは〝僕〟が重ねる、
人妻たちとのゆきずりの関係にまつわる、扇情的な描写による部分もあるだろうが、
やはり佐藤正午の語りの巧さ、による部分も大きいのだろうと思う。
たとえば、〝彼〟が体験する、バリ島での不思議な出来事。
〝彼〟の手の上に重ねられた手が織りなす、
一風変わった官能の描写には、思わずグイグイと引き込まれる。


そして、嫌味で尊大、正直で軽薄な、〝僕〟が引き起こす数々の事件。
恩知らずで、薄情で、自分勝手。
口を開けば、出てくるのは嫌味と批判ばかりなのだが、
そんな〝僕〟に反感を覚えつつも、どこか同意してしまう部分もある。
過去の筆禍事件にも懲りることなく、
論議を巻き起こす文章を世の中に突きつける。
そんな〝僕〟に、編集者はご立派な〝信念〟や〝モラル〟を振りかざす。
編集者の言うことはまあ正論で、ごもっともなんだが、
「それがいけないのか?」という〝僕〟の問いにも頷ける。
世間への迎合をよしとしない、というメッセージがあるのかもしれないが、
そこらへん、佐藤正午のスタンスがよくわからないので、置いておく。
こういった、本筋とどこまで関係あるのかわからない、枝葉末節こそこの作品の面白さでもある。


ラストに関しては、
読み終わって大した時間も経たないうちに忘れるほど、印象が薄い。
つまりは、〝愛の記憶〟にまつわる結論が本当に凡庸なわけだが、
その欠点を承知の上で読んだら、けっこう楽しめる小説かもしれない。
全然褒めていないようだが、しっかり褒め言葉のつもり、である。


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佐藤 正午著
角川書店 (2007.1)
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