有川浩「クジラの彼」
〝男前でかわいい彼女たちの最強恋愛小説!〟
「海の底」「空の中」のスピンオフを中心に、
自衛隊を舞台にした、6編のベタ甘なラブストーリー。
〝恋は始まるまでがいちばんいい −北上次郎〟
ロマンティックでキュンとなる恋愛がギュッと詰まった1冊だ。
〝いい歳した大人が活字でベタ甘ラブロマ好きで何が悪い!〟
あとがきにある、思い切り開き直った一言だ。
〝漫画でもアニメでも映画でも不可能な、
活字特有の胸キュンの需要が私的にはあるがやきかむかえ。〟
その志や天晴れ、なほどの、真っすぐでちょい恥ずかしい純愛ストーリーは、
極甘のお菓子を口の中いっぱい頬張るような、そんな感覚を思い起こさせる。
しかし、頭がキーンとなるほどの甘さも、不思議なくらいクセになる。
激しいのも、切ないのも、ほろ苦いのもいいけど、この甘さもやっぱり捨てがたい。
表題作「クジラの彼」は、「海の底」のスピンオフ。
いまさらながら、ちゃんと読んでおけば…、
と後悔しつつ読み始めたが、「海の底」を読んでなくても十分楽しめる。
顔もよければ性格も合う。まれに見る高ポイントの彼。
しかし、彼は潜水艦乗り。
一度任務にでれば、次はいつ会えるか、どころじゃない。
メールだってなかなか届かない、いっつもいない彼だった−、という話。
会えない寂しさを切々と、しかしコミカルに描いた、ラブコメの王道だ。
「ロールアウト」は、
航空設計士と航空自衛隊の生真面目な自衛官の恋を描く。
次世代輸送機の開発にあたって、ぶち当たった切実な問題。
それは、男女でいろいろ違う、いわゆる〝はばかり〟について。
最初は対立していたふたりだが、次第に惹かれ合うように…
これまた王道中の王道で、またその甘みに舌がとろけていく感覚だ。
「国防レンアイ」は、
〝生意気でかわいげがなくて調子に乗っている〟WAC(女性自衛官)との恋を描く。
圧倒的な男所帯で、引く手あまたの彼女たちにも、いろいろと悩みがある。
もちろん、それを取り巻くオトコたちだって…、というこれまたキュンとくるお話だ。
ちなみに筋肉質の彼女たちをバカにする下衆オトコが登場するが、
実際こういう連中っているんだろうか…、いるとしたら、本当にバカなヤツらである。
「有能な彼女」も「海の底」からのスピンオフ。
年下のとても有能な彼女(防衛庁キャリア)と、自信のないオトコの恋を描く。
有能な彼女だって、いろいろ悩んでるのに、
うじうじやってるオトコがリアルなまでに情けなく感じられる、渋い一編だ。
「脱柵エレジー」は、
離れ離れになった彼と彼女の、文字通りのエレジー(哀歌)が描かれる。
恋人に会うための脱柵、すなわち駐屯地や基地から脱走。
誰もが通る、その辛く切ない気持ちを、ベタ甘に描き、
そこへさらにパウダーシュガーをかけるようなエピソードをまぶす。
甘党にはもうたまらない、満足感たっぷりの物語。
「ファイターパイロットの君」は、「空の中」のスピンオフ。
パイロットの彼女と、技術者の彼。
ふたりの初めてのキスから、娘を持つ夫婦としてのストーリー。
強くてきれいな彼女を守りたい、オトコの恋情がとにかく甘くて切ない。
以上6編。
ピエール・エルメのマカロンを(ジャン=ポール・エヴァンだとややビターかも…)
10コに一気に貪ったような、そんな甘美な満足感を覚える。
果てしない甘さの中にも、どこか甘酸っぱさやほのかで優しい香りが漂い、
とても贅沢な時間を過ごしたような、そんな余韻に浸ることができる。
〝最強恋愛小説〟のオビが、なるほど納得できる1冊だった。