ジュリアン・バーンズ「イングランド・イングランド (海外文学セレクション)」

mike-cat2007-02-06



〝テーマパーク・イングランド!〟
そこはイングランドよりもイングランドらしいところ。
イングランドのすべてがそろう小さな島。
 王室も、ハロッズも、マンチェスター・ユナイテッドも、
 ロビン・フッドも……。
 そして、レプリカが本物を凌駕する?!〟
イングランドをまるごとテーマパークで再現する、
壮大なプロジェクトを描いた、シニカルなコメディ小説だ。
サマセット・モーム賞、E・M・フォースター賞受賞作家による
 アイロニーと風刺に満ちた傑作! ブッカー賞最終候補作。〟


主人公は子どもの頃、イングランドのジグゾーパズルに熱中したマーサ・コクラン。
そんな彼女が関わることになったプロジェクトは、
古き良きイングランドを、そのまま小さな島に再現したテーマパーク。
それは、すべてをなし遂げた男、サー・ジャック・ピットマンの壮大な計画だった。
ビッグ・ベンダブルデッカーウェストミンスター寺院マンチェスター・ユナイテッドまで…
だが、本物よりも本物らしいイングランドは思わぬ方向へと突き進んでいく−


街や国を題材にしたテーマパークというと、
長崎のハウス・テンボスや倉敷チボリ公園志摩スペイン村などが思い浮かぶ。
だが、あれはあくまで身近に味わえる〝本場〟の代替物に過ぎない。
ここで登場するテーマパーク「イングランドイングランド」はちょっと違う。
あくまでイングランドの島でありながら、そのイングランドらしさを凝縮したスポット。
距離や時間の制約もなく、観光気分が興醒めしてしまう邪魔なものもない。
そこにいけば、イングランドの粋を楽しむことができる、という〝本物〟だ。


オリジナル至上主義はもう古い。
〝今日では、本物(オリジナル)よりも複製(レプリカ)の方が好まれるのです。
 芸術作品そのものよりも複製品が、他人の席で興醒めな思いをしながら
 人込みで聴くコンサートよりも完璧な音を独り占めできるCDが、
 膝の上の本よりも耳のヘッドホンから流れる朗読テープが好まれているのです。〟
もちろん、長い移動や時間的拘束、満員の観光バスからもおさらばだ。
〝時間に拘束されることの多い現代、ここに来れば、
 午前中にアン・ハサウェイの家とストーンヘンジを見学し、
 ドーヴァーの白亜の断崖上でパンにチーズにビールといった
 プラウマンズ・ランチを味わった後、午後はロンドン塔内のハロッズ百貨店で買い物三昧〟
なるほど、何だか微妙に納得させられてしまう、不思議な感覚だ。


実際、旅なんてガイドブックに記された観光スポット以上に、
それに至る経緯とか経過、思わぬ発見なんかが面白いことは多々あるが、
観光地めぐり=旅行、だけの人には、このテーマパークの思想は理想的だろう。
何しろ、時代背景にしても、その醍醐味を楽しむにしても、
本物よりもより本物らしく、そして観光客の都合に合わせてアレンジしてくれる。
わざわざオリジナルを苦労して観に行き、がっかりさせられるより、どんなに楽しいか…
こんな感じで、オビの通り、強烈なアイロニーに満ちた物語が展開される。


本物への追求がもたらした、予想だにしないトラブル、そして混沌
(この部分は、ちょっと「ジュラシック・パーク」にも似ている)、
レプリカに観光客を奪われ、廃れていくオリジナルの悲哀など、
なかなか含蓄に富んだ、哲学的で深みのあるストーリーは、とことん読ませる。


そんな壮大なプロジェクトとからみ合うようにして描かれるのが、
コンサルタントとしてこのプロジェクトに関わる、主人公マーサの人生だ。
第1章「イングランド」では、
イングランド全州のパズルにまつわる、父とのすれ違い、
第2章「イングランドイングランド」では、
サー・ジャックや恋人ポールとの関係のなかで揺れるマーサ、
第3章「アングリア」では、
すべてに疲れ果てたマーサがたどり着いた行く末が描かれる。
マーサが追い求めた本当の人生、
それは「イングランドイングランド」にも似て、どこかつかみどころがない。
文学的にはうまく説明できないのだが、何だか胸にグッと迫ってくるのだ。


いかにもイングランドらしく、なのか、下ネタの方も満載で、バカバカしさも上々。
小難しく読んでももちろん楽しいのだろうが、
単にコメディとして読むにしてもエンタテインメント性はかなり高い。
もし、こんなテーマパークがあったなら、
と想像しながら、くすくすと笑って読める、コストパフォーマンスのいい1冊。
ジュリアン・バーンズ、また読んでみたい作家に出会うことができたと思う。