ピーター・キング「グルメ探偵と幻のスパイス (ハヤカワ・ミステリ文庫)」

mike-cat2007-02-04



〝満腹フルコース・ミステリをご堪能あれ!〟
旅行&グルメライター、ミステリ作家にして、
自らもシェフ並の料理の腕前を誇るというキングの、
グルメ探偵、特別料理を盗む (ハヤカワ・ミステリ文庫)」に続くシリーズ第2弾。
今回は世界の美味が集まる〝美食の街〟NYを舞台に、
グルメ探偵の〝ぼく〟が、奇妙な事件に巻き込まれていく。


〝ぼく〟はグルメ探偵。
〝入手困難な食材を探し出したり、あまり知られていない食材の活用法を提案したり、
 市場拡大のための打開策を提言したり、
 外国の新奇な食材を扱う業者と買い手との仲介を務めるのが仕事〟だ。
今回の仕事は、何世紀も前に絶滅したはずの幻のスパイスの鑑定。
マンハッタンの豪華ホテル滞在付の、美味しい仕事、のはずだったが、
そうは問屋が卸さない。スパイスは消えるわ、関係者は消されるわ…
気づいてみたら、当の〝ぼく〟は、命を狙われる第一容疑者だったりして−


本来は食材リサーチャーのはずなのに、
なぜか本当の事件に巻き込まれてしまう、ドジで不運なグルメ探偵。
物語のメイン食材となるのは、
幻にして、至福のスパイスとして知られるコ=フォン(もちろん架空、のはず)
〝ひものような形をしていて、色は黒に近い灰色、表面につやはない。
 ふつううならばもう一度見たいと思うほどの代物じゃない。
 だがその香りときたら−−これはもう、伝説にふさわしい芳香だった。
 最初はクローブの香りに似ているような気がしたが、
 いや、シナモンの方が近いと思い、すぐにカルダモンのほうが似ていると思いなおした。
 それでいてマスタードのような香りが隠されている気もするが、
 マスタードと比べるのはあまりというものだろう。
 それよりもフェンネルの成分であるカンゾウに似ている。〟


もちろん、そんな伝説のスパイスの価値は、食材としてのものだけにとどまらない。
料理観傾斜だけでなく、医薬品としても巨額の富を産み出す、宝物でもある。
当然、盗まれるわ、人は殺されるわ、の大騒ぎだ。
しかし、騒動に巻き込まれた〝ぼく〟といえば、前作に引き続き、ドジばかり。
東海岸の名物オイスター・バーに、中東・アフリカ、中華にイタリア、ハンガリーオーストリア
洒落たフュージョンから、果てはチリ、ホットドッグまで、数々のNYグルメを食べ歩きつつ、
次々と登場する美女たちにも目を奪われっぱなしという、締まらない始末。


グルメ通ならではのさまざまなウンチクを楽しみつつも、
選択の街、NYを軽くオチョクってみたりもするあたりもなかなか愉しい。
コーヒーひとつ、サンドイッチひとつとっても、
アメリカ(都会のみ)、特にNYは、「あなたは何が欲しいのか」を強烈に問うてくる。


朝のコーヒーショップで、〝ぼく〟がつぶやく。
〝それにしてもまだ頭がぼんやりしている朝っぱらから、
 これほど選択を強いられる場所はまずないだろう。
 まばゆいほど輝く看板は、ありとあらゆるコーヒーをふたっている。
 たしかにそのとおりで、優柔不断な人間だったら、
 昼どきになってもまだ注文を決められないだろう。
 レギュラー、エスプレッソ、カフェ・ラテカプチーノ、カフェイン抜き−
 小、中、大、特大− こんなのは序の口だ。
 コーヒー豆の大きさや形、さらにはその挽きかたまで、
 何種類もあるなかから選ばなくてはいけないのだ。〟


このほかにも、産地やトッピング、そして一緒に食べるベーグルまで…
1回の食事にいったい何百回の選択が強いられるのか。
選択肢が広いことは個人的にはむしろ大歓迎なんだが、
「ふつうでいいよ」的な人にとっては、かなり苦痛だろうとは容易に想像がつく。
小説の〝ぼく〟が〝選択過剰〟症候群と、茶化す気持ちはまあわからないでもない。


そんなユーモアと美食、美女に加え、
本筋のミステリ&サスペンスの展開もなかなかにリズミカルで退屈させない。
前作以上にノリのいい、楽しく、美味しい1冊に仕上がっているのではないだろうか。
何か口さみしい思いを感じさせつつ、美食の祭典の幕は閉じられた。
シリーズはすでに8作を数えているそうだが、あと何冊かは読み続けたいものだ。


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