真保裕一「最愛」

mike-cat2007-01-25



〝愛の内側。愛の外側。〟
真保裕一の最新作は、生き別れとなっていた姉の、
しらなかった過去をめぐるサスペンス調〝恋愛小説〟。
〝18年ぶりに再会した姉が選んだ夫は、
 かつて人を殺めた男だった−〟


主人公は、私立病院の小児科医に勤務する〝僕〟押村悟郎。
そんな〝僕〟のもとに思いがけない電話がかかってきた。
18年間音信不通だった、姉の千賀子が危篤だという。
駆けつけた病院に駆けつけた〝僕〟に知らされたのは、驚くべき事実。
姉は暴力団の組事務所での放火事件に巻き込まれた。
頭部には銃弾を浴びていた上、なぜか事件前日に入籍していた。
殺人の前科を持つその夫は、姿を消した。姉にいったい何があったのか−


〝僕はもう十八年もの間、姉と顔を合わさず、
 まるで他人のようなふりをして生きてきたのだった。
 厄介者を遠ざけようとするみたいに。〟
幼い頃、交通事故で両親を失った姉弟は、伯父と伯母のもとへ別々に引き取られた。
日和見的な〝僕〟が、伯父の温かい気遣いに守られた一方、
いつも真っすぐな信念の人の姉は、伯母家族との折り合いが悪く、苦労を重ねていた。
そして、ふたりは遺産をめぐる伯父と伯母の仲違いを境に疎遠となっていたのだ。


そんな姉への複雑な想いと、事件そのもののつかみどころのない展開…
出会う人たちから聞く、いかにも姉らしい行動の数々、そして知人の意外な反応。
〝僕〟は迷走を続けながら、姉のたどってきた18年間を追う。
悲惨な状態を目の当たりにしても、比較的、冷静な反応を貫いていた〝僕〟が、
思わず感情の波に押し流される場面が、印象的だ。


江戸川の堤防沿いの、古めかしい姉のアパート。
ま新しいパステルカラーのスリッパ2足に、
スヌーピーの絵柄の入ったコップ、赤と青の歯ブラシ2本…
苦労を重ねながらも、間違いなく新しい生活をスタートした形跡だ。
〝胸が締めつけられた。姉がこのスリッパと歯ブラシを買いそろえた時の顔を想像していた。
 古いスリッパと歯ブラシを処分しながら、どんな期待を胸に抱いていたのかと考えると、
 手足に震えがきた。昨日はしぼり出そうとしても出てこなかった涙が、
 姉たちの部屋の景色をにじませていった。〟
巧い、というとイヤらしい言い方になるが、それでも巧さにうなるしかない。
泣かせのツボをものの見事に突いた、真保裕一らしい描写だと思う。


そして、小説にある種の社会性を散りばめる真保裕一だけあって、
本筋のストーリー以外でも思わず「ううむ」とうなる場面は少なくない。
たとえば、冒頭の小児科での場面。
子どもをほったらかしにして、病状を悪化させておきながら、
自己弁護に没頭する親に、〝僕〟が厳しい言葉を投げかける。
〝子供より自分のほうが数倍も可愛いのだという本音を隠そうともしない母親が、
 あきれ返るほどに存在する。
 仕事を理由に子育てを放棄し、子供の笑顔だけ見たがる父親は、もっと多い。
 小児科医は治療費という金銭契約で結ばれた、
 彼ら利用者の良き下僕なのだと決め込む親たちによって、
 小児科病棟は二十四時間営業のコンビニ化が進んでいる。〟
近年大きな問題となっている親による子供の虐待を挙げるまでもなく、
しつけ以前の世話さえロクにされていない子供の氾濫を見れば、
子供が病気という状況を強いられる小児科病棟が、
それも採算の問題から、小児科医の不足が叫ばれる中
いったいどんな状況となってしまうのか、想像するだけでも恐ろしくなる。


一方で、事件の解決にあたる警察にも、問題は多い。
事件の影で暗躍する刑事の、正義を盾にしたやりたい放題に、
まともな市民の問い合わせですら、制服の組織の圧力で押し潰そうとする姿勢。
〝肝腎な時に役に立たない〟警察の姿を、厳しく追及する。
誰も彼もが、というわけではないのだろうが、
街で見かける制服警官たちのどろんとした目、
いわゆる警察関係者の、すべてに悪意を向けたような目つきを思い出すと、
こうしたシーンのリアリティが、より増してくる。


そうしたさまざまなドラマを孕みながら、
〝僕〟の探求は思わぬ方向へと進んでいく。
そして迎える重たい結末に、思わず言葉を失うのだ。
数少ない救いは、〝僕〟が生きる道をもう一度見つめ直すことができたこと。
忘れ難い余韻と、複雑な想いを残し、物語は幕を閉じる。
真保裕一の最高傑作とは言い難いが、さすがとしかいいようのない作品なのである。


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最愛
最愛
posted with 簡単リンクくん at 2007. 1.24
真保 裕一著
新潮社 (2007.1)
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