TOHOシネマズなんばで「マリー・アントワネット」

mike-cat2007-01-26



〝恋をした、朝まで遊んだ、
 全世界に見つめられながら。
 14歳で結婚、18歳で即位、
 豪華なヴェルサイユ宮殿に暮らす孤独な王妃の物語〟


「ヴァージン・スーサイズ」「ロスト・イン・トランスレーション」の、
ソフィア・コッポラが伝説の王妃を、ガーリーに、ポップに描く。
あまりにも有名な「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」
(どうも実際には言っていない、というのが現在の定説らしい)のセリフなど、
奔放で奢侈な浪費家として知られた、ブルボン朝最後の王妃マリー・アントワネット
わずか14歳で政略結婚のため、オーストリアからフランスへ嫁ぎ、
18歳で王妃、フランス革命を経て、37歳で処刑された、稀代の王妃。
その、従来のマリー・アントワネット像に新たな光を当てた、アントニア・フレイザーの、
マリー・アントワネット〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)」「マリー・アントワネット〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)」を元ネタに、
ソフィア・コッポラが独自の映像美と音楽で、当時を再現した歴史ドラマである。


カンヌでは大喝采とブーイングを同時に浴びたという問題作、でもある。
史実、であるとか、歴史的考証という言葉が好きな人は、観ない方がいい。
歴史的に正確(これも本来、定義は難しいが)さを求めた伝記映画では決してない。
再現されるのは、史実に基づくクラシカルなヴェルサイユ宮殿ではない。


ソフィア・コッポラが目指したのは、
若々しさと退廃を合わせ持つニュー・ロマンティックの精神。
Gang of Four〝Natural's Not In It〟のエッジの効いたギターで幕を開ける物語は、
The CureNew OrderBow Wow Wowといった、
一見、いわゆる伝記映画にはおよそ似つかわしくないアーティストの曲に彩られる。
ラデュレが全面協力したという豪華絢爛なお菓子、
華やかなドレスといった小道具の数々は、おそらく史実とは異なるに違いない。
だが、それらが醸し出す目のくらむような豪華な雰囲気は、
おそらく正確な伝記より、生き生きと当時を伝えているのではないか、という気がする。


フランス政府の協力により、本物のヴェルサイユ宮殿での撮影も実現した。
アダプテーション」や「ロスト・イン・トランスレーション」などを手がけた
撮影監督のランス・アコードが映し出す宮殿は、
同時代性と格調を巧みに織り交ぜながら、その生き生きとした姿を見せてくれる。


24歳のキルステン・ダンスト(「チアーズ!」「スパイダーマン」)が、
14歳のマリー・アントワネットを演じる、という設定も、
観る前はちょっと心配もしていたのだが、違和感はそこまで感じない。
まあ、オールヌードの後ろ姿が映る場面があるのだが、
そのお尻はちょっと大人の女すぎるかも…、というくらいか。
もともと初々しさとオバサンくささがころころ入れ替わる女優だけに、
この伝説の王妃を演じるのは、適役といっていいんじゃないかと思う。
まあ、世の中には44歳で15歳を演じるという〝偉業〟(失笑ものだが)をなした、
メリル・ストリープ「愛と精霊の家」)みたいな人もいるから、
そう目くじらを立てる必要もないんだろう。


持ち前の自由な精神と奔放さで、奇妙な因習にとらわれた宮殿に新風を巻き起こす一方、
日々の食物にも困窮する国民を尻目に、贅沢三昧の生活を続けたという無神経さ。
奇妙な宿命に導かれ、さまざまな矛盾に満ちた王妃の人生絵巻は、
華やかにして、どこか滑稽で、どこかもの悲しい。
ヴァージン・スーサイズ」でも、可憐な輝きを見せたキルステン・ダンストの瞳は、
この作品でも、さまざまな表情を帯びながら、王妃のこころを映し出す。
ルイ16世を演じたジェイソン・シュワルツマン
(「天才マックスの世界」「ハッカビーズ」)や、
ジュディ・デイビス(「裸のランチ」)、リップ・トーン(「MIB」)、
アーシア・アルジェント(「トリプルX」)といった脇役の面々も、
この作品が醸し出す、独特の雰囲気に、格調とバランスをもたらす。


物語は、ヴェルサイユ宮殿に射し込む朝陽の下、哀しみとともに幕を閉じる。
マリー・アントワネットを語る上で、
ひとつのトピックでもある、ギロチン処刑の場面は描かれない。
別にスプラッタ映画じゃないんで、直接的な描写はもちろん必要はないんだが、
匂わせる程度の描写があってもいいんじゃないか、とも思うのだが、
ないならないで、それはひとつのやり方として悪くはないと思う。


ソフィア・コッポラ作品としては、これまででもっともストレートな作品だろう。
しかし、その物語が放つ光は、幾重にも重なる、複雑な色合いに満ちている。
フランス革命当時の民衆の困窮だとか、を含め、
マリー・アントワネットという人物の歴史的評価を考えてしまうと、
いろいろ難しくなってしまうのだが、単純に映画としては非常にイケているんじゃないだろうか。
キルステン・ダンストの顔を見ているだけで身の毛がよだつとか、
コスチュームものはどうしてもダメ、という向きでなければ、間違いなくお勧めの1本である。