柴田元幸「つまみぐい文学食堂」

mike-cat2007-01-09



ポルノ・コメディ「ブルー・ムーヴィー」につづくことし2冊目。
人間、性欲の次は食欲、ということで、この本。
メルヴィル「白鯨」の揚げパンから
 オースター「ムーン・パレス」のチキンポットパイまで140タイトル!!
 店主・柴田元幸英米文学を「食」の観点から調理した、
 お腹一杯になる奇妙な文学エッセイ集。〟
ポール・オースターなどの翻訳で知られる柴田元幸による、
英米文学におけるのシーンを〝つまみぐい〟したエッセイ集。
本の雑誌」の連載でもお馴染み、吉野朔実のイラストに載せて贈る、
極上のメニューはいわく〝つまみぐい、積もり積もれば、フルコース。〟


さして英米文学に詳しいわけではない(むしろ無知に近い)が、
このメニューを差し出されて、見逃すわけにはいかないのである。
海外ものに限らず、こうした食の場面は小説の大事なお楽しみどころ。
初めて聞く名前の食べ物の味を想像しながら読み、
その後実際に口にしてみる時には、小説を思い出しながら食べる。
本の中にも、書いてあることだが、やはり格別の味わいなのである。


本の構成は、文字通りレストランのメニュー仕立て。
O・ヘンリーの短編「アラカルトの春」やオースター「ムーン・パレス」、
スチュアート・ダイベック「ペーパーランタン」などを取り上げた、冒頭の〜Menu〜では、
ヘンリー・ジェームズ=フランス料理、ポーはラーメン、
O・ヘンリーは〝みんな馬鹿にするけど実はけっこう美味いファーストフード〟と、
食事に例えた作家分類論を展開していく。
ちなみにO・ヘンリーは〝モスのきんぴらライスバーガー〟となるらしい。


〜Hors d’Oeuvre〜で、まず取り上げるのは、
吸血鬼文学に欠かせない大蒜。そう、みなさんお好きなアレである。
そして、前述の〝在の食物を想像する営み〟もオードブルとなる。
ここで取り上げられるのは、リン・ディンの「食物の招喚」。
読んだことないが、こうやって柴田元幸に紹介されると、やたら面白そうである。


〜Fish〜では、給食の鯨への郷愁が、メルヴィル「白鯨」の揚げパンへと波及する。
実際のところ、〝魚〟でいいのか、という問題は抜きにして、これまた楽しい。
イカ・タコではトマス・ピンチョンの「V.」「重力の虹」から、イカ・タコと世界の陰謀の関係を解く。
〜Meat〜で面白いのは、ボブ・ディランの自伝「クロニクル」から。
豚肉にまつわるマルコムXの語る豚肉を食べない理由が傑作である。
「豚とは実は三分の一は猫であり、三分の一は犬であり、三分の一は鼠だから」
この言葉をディランが使ったシチュエーションが、なかなかに面白い。


〜Special〜で取り上げるのはあちらの一大文化でもある、パーティー
ブレット・イーストン・エリスアメリカン・サイコ」の世界における食べ物の記号化や、
トマス・ウルフ「天使よ、故郷を見よ」のそそる描写、
スチュアート・ダイベックが語った〝最高の〟エピソードまで、幅広く論じていく。


〜Beverages〜の酒の項で登場するのは、サン=テグジュベリ「星の王子様」。
〝酒を呑むのが恥ずかしくて、その恥ずかしさを忘れるために酔う男〟の切なさ。
そういえば、最近何かで読んだ、西原理恵子の元旦那、鴨志田譲もそうだったかも…
そして、〜Desert〜では、
ジョン・ミルトン失楽園」で、罪と堕落のシンボルとされてしまった、
リンゴの〝ある種取り返しのつかない〟感覚を考察する。
紹介されるのは、スチュアート・ダイベックロヨラアームズの昼食」、フランツ・カフカ「変身」など。
リンゴ一つでもいろいろあるもんだ、と感心してまう一項だ。


読み終えると、満足感で一杯だけど、食後感はすっきり、という感じだろうか。
さすが柴田元幸、という名訳の数々(といったって原典を読んでいないから、
あくまで訳文だけを読んだ限りの感想には過ぎないのだが)だけでなく、
エッセイそのものも軽妙にして、深みは十分と、なかなかの名シェフぶりである。
パティシエにあたる、吉野朔実のイラストとのマリアージュも心地よい。
願わくば、続編刊行をお願いしたい、楽しく、そして美味しい1冊だった。


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つまみぐい文学食堂
柴田 元幸著
角川書店 (2006.12)
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