ローリー・リン・ドラモンド「あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)」
「このミステリーがすごい」&「週刊文春」で、
海外編のダブルクラウンに輝いた話題作。
アメリカ探偵作家倶楽部賞受賞の「傷痕」を収録。
上半期から店頭でよく見かけたし、
だいぶ話題にはなってはいたのだが、そうしても手が出なかった。
どうもこのポケットミステリというやつに馴染みがないためだが、
これだけ多くの読者層から評価を受けているなら、と、ようやく手に取る。
読み終えていま感じるのは、
もっと早く読めばよかった、であり、読み逃さなくてよかった、である。
さすが、としかいいようがない傑作。
重いテーマを濃厚に描きながらも、流麗な文体でやけに読ませる。
ハヤカワミステリに対して持っていた、
〝本格ミステリ〟のイメージからは外れる、むしろ文学よりの作品だ。
10編からなる連作短編集は、
ルイジアナ州のバトンルージュ市警に務める5人の女性警官たちを描く。
タイトルは、被疑者に黙秘権などについて説明するミランダ警告から。
キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラ。
ただでさえ過酷な警察の仕事、それも徹底的な男社会。
あざを残す固く、重い装備。トイレに行くのも一苦労。
そんな中で苦闘を続ける女たちの姿は、時に痛々しく、時に切ない。
だが、その繊細さと表裏一体の強さが印象深い。
冒頭の「完全」で登場するのは、
容疑者を撃ち殺してしまい、苦悩を抱えるキャサリン。
耳元でささやく幻の声。そして、静寂。
この1編を読んだだけで、もうこの本の虜となること請け合いだ。
そして「味、感触、資格、音、匂い」
死臭やかつて人間だったものの変わり果てた姿、
銃を扱う手の感触、かすかな音…
幼い頃の幸福な記憶や不幸な悪夢と行き来しながら、
警察官にかかわる五感が、濃厚に描かれていく。
「キャサリンの挽歌」は、
バトンルージュ警察学校で伝説として語られるようになった、キャサリンの物語。
回想の形で語られる、〝どんな優秀な警官でも殉職する〟という哀しい現実。
〝名誉の壁〟に飾られた殉職警官たちに捧げる物語がこころに深く突き刺さる。
「場所」のリズは、事故で退く前から、警察を辞めようと決心していた。
〝なぜ辞めたのかと自問するとき、
パトカーのダッシュボードに貼りついていた血染めの手袋が目に浮かぶ。
事故に遭う半年前の版が脳裏によみがえるたび、
自分の心がギアチェンジして走り出したのはいつだろうと考える。〟
目に焼き付く、悲惨な事故の風景。それにまつわる些細な記憶の数々…
自らの事故と重ね合わせるように回想される、
ひとつひとつの場面が、とても深い余韻を残す作品だ。
「銃の掃除」の主人公は、銃の掃除をしながら、回想にふけるモナ。
〝パトロールのとき、あなたは現実の自分と町を行ったり来たり、
出たり入ったりし、境界線のそばで見えない相手と踊る。
心の底から沸き起こってくる恐怖にときどきおびえる。
子供の頃のお化けが、明るい夏の昼間の静かなはなうたや、
暗い道路に降る氷雨で待ち伏せている。いつ、どこで遭遇するかわからない。〟
気持ちを蝕む、仕事の重圧、そして傷ついた心が向かう先。
そこに描かれる重い苦悩のリアルさに、ただただ舌を巻く。
「傷痕」のキャシーの体験は、とてもショッキングだ。
〝マージョリー・ラサールに初めて会ったとき、
彼女は自分のベットに裸でひざまづき、シーツを握りしめて身体を支えていた。
胸のふくらみのすぐ上に、
刃渡り9インチのステーキナイフが深々と突き刺さったままで。〟
いまは警官となったキャシーの、被害者サービス時代の出来事だ。
監察の仕事にかかわるようになった現在、モナは再び不条理な記憶と向き合う。
そこには何があったのか、何をすべきだったのか。
消えない傷痕を見たキャシーの決断に、喝采を贈りたくなる作品だ。
「生きている死者」のサラは、死者の記憶に苛まれている。
〝死を飼いならそうと、わたしは来る日も来る日も直面させられる
人間の険しい苦難の整理法をいろいろ試してきた。
アルコールは効果があった。セックスも。〟
ようやくたどり着いたある〝整理法〟が発端となり、災難に巻き込まれるサラたち。
「わたしがいた場所」で、
ニューメキシコまで流れたサラがたどる、赦しの贖罪の旅と合わせ、読ませる作品だ。
いまさら後出しジャンケンでいうのも何なのだが、
やはりことし屈指の傑作といっていい、珠玉の短編集だ。
次作は、バトンルージュを舞台とした長編〝The Hour of Two Lights〟だとか。
一日も早く、刊行・邦訳がなされること、強く望みたい。