ローリー・リン・ドラモンド「あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)」

mike-cat2006-12-21



「このミステリーがすごい」&「週刊文春」で、
海外編のダブルクラウンに輝いた話題作。
アメリカ探偵作家倶楽部賞受賞の「傷痕」を収録。
上半期から店頭でよく見かけたし、
だいぶ話題にはなってはいたのだが、そうしても手が出なかった。
どうもこのポケットミステリというやつに馴染みがないためだが、
これだけ多くの読者層から評価を受けているなら、と、ようやく手に取る。


読み終えていま感じるのは、
もっと早く読めばよかった、であり、読み逃さなくてよかった、である。
さすが、としかいいようがない傑作。
重いテーマを濃厚に描きながらも、流麗な文体でやけに読ませる。
ハヤカワミステリに対して持っていた、
本格ミステリ〟のイメージからは外れる、むしろ文学よりの作品だ。


10編からなる連作短編集は、
ルイジアナ州バトンルージュ市警に務める5人の女性警官たちを描く。
タイトルは、被疑者に黙秘権などについて説明するミランダ警告から。
キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラ。
ただでさえ過酷な警察の仕事、それも徹底的な男社会。
あざを残す固く、重い装備。トイレに行くのも一苦労。
そんな中で苦闘を続ける女たちの姿は、時に痛々しく、時に切ない。
だが、その繊細さと表裏一体の強さが印象深い。


冒頭の「完全」で登場するのは、
容疑者を撃ち殺してしまい、苦悩を抱えるキャサリン
耳元でささやく幻の声。そして、静寂。
この1編を読んだだけで、もうこの本の虜となること請け合いだ。
そして「味、感触、資格、音、匂い」
死臭やかつて人間だったものの変わり果てた姿、
銃を扱う手の感触、かすかな音…
幼い頃の幸福な記憶や不幸な悪夢と行き来しながら、
警察官にかかわる五感が、濃厚に描かれていく。
「キャサリンの挽歌」は、
バトンルージュ警察学校で伝説として語られるようになった、キャサリンの物語。
回想の形で語られる、〝どんな優秀な警官でも殉職する〟という哀しい現実。
〝名誉の壁〟に飾られた殉職警官たちに捧げる物語がこころに深く突き刺さる。


「場所」のリズは、事故で退く前から、警察を辞めようと決心していた。
〝なぜ辞めたのかと自問するとき、
 パトカーのダッシュボードに貼りついていた血染めの手袋が目に浮かぶ。
 事故に遭う半年前の版が脳裏によみがえるたび、
 自分の心がギアチェンジして走り出したのはいつだろうと考える。〟
目に焼き付く、悲惨な事故の風景。それにまつわる些細な記憶の数々…
自らの事故と重ね合わせるように回想される、
ひとつひとつの場面が、とても深い余韻を残す作品だ。


「銃の掃除」の主人公は、銃の掃除をしながら、回想にふけるモナ。
〝パトロールのとき、あなたは現実の自分と町を行ったり来たり、
 出たり入ったりし、境界線のそばで見えない相手と踊る。
 心の底から沸き起こってくる恐怖にときどきおびえる。
 子供の頃のお化けが、明るい夏の昼間の静かなはなうたや、
 暗い道路に降る氷雨待ち伏せている。いつ、どこで遭遇するかわからない。〟
気持ちを蝕む、仕事の重圧、そして傷ついた心が向かう先。
そこに描かれる重い苦悩のリアルさに、ただただ舌を巻く。


「傷痕」のキャシーの体験は、とてもショッキングだ。
マージョリー・ラサールに初めて会ったとき、
 彼女は自分のベットに裸でひざまづき、シーツを握りしめて身体を支えていた。
 胸のふくらみのすぐ上に、
 刃渡り9インチのステーキナイフが深々と突き刺さったままで。〟
いまは警官となったキャシーの、被害者サービス時代の出来事だ。
監察の仕事にかかわるようになった現在、モナは再び不条理な記憶と向き合う。
そこには何があったのか、何をすべきだったのか。
消えない傷痕を見たキャシーの決断に、喝采を贈りたくなる作品だ。


「生きている死者」のサラは、死者の記憶に苛まれている。
〝死を飼いならそうと、わたしは来る日も来る日も直面させられる
 人間の険しい苦難の整理法をいろいろ試してきた。
 アルコールは効果があった。セックスも。〟
ようやくたどり着いたある〝整理法〟が発端となり、災難に巻き込まれるサラたち。
「わたしがいた場所」で、
ニューメキシコまで流れたサラがたどる、赦しの贖罪の旅と合わせ、読ませる作品だ。


いまさら後出しジャンケンでいうのも何なのだが、
やはりことし屈指の傑作といっていい、珠玉の短編集だ。
次作は、バトンルージュを舞台とした長編〝The Hour of Two Lights〟だとか。
一日も早く、刊行・邦訳がなされること、強く望みたい。


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