東野圭吾「使命と魂のリミット」

mike-cat2006-12-10



〝閉鎖空間・タイムリミット・隣り合わせの死〟
〝心の限界に挑む医学サスペンス〟
東野圭吾の最新作は、メディカル・エンタテインメント。
〝あの日、手術室で何があったのか?
 今日、手術室で何が起きるのか?〟
読み始めたら、最後まで一気読みは必至の1冊だ。


氷室有紀は帝都大学医学部付属病院の研修医。
最終目標でもある心臓外科で、多忙な毎日を送っている。
だが、有紀には誰にもいえない秘密があった。
そんな折、病院に奇妙な脅迫状が届く。
「医療ミスを公表し、謝罪しなければ、病院を破壊する」
記憶にない医療ミスへの糾弾に、戸惑う病院関係者。
いったい、脅迫の狙いは何なのか? そして有紀は−


物語は、2つのドラマをうまく交差させながら、進行していく。
ミステリー的な仕掛けのネタ晴らしは意外に早いし、
イムリミット・サスペンス的な緊迫感は思っていたよりは希薄。
だが、読み進めれば読み進めるほど、仕掛けどうこうよりも、
そこに描かれる人間ドラマに魅せられていくのが、この本の最大の特長だ。


終盤、冒頭で有紀の父・健介が語った言葉が効いてくる。
中学生の頃、大動脈瘤切除手術で他界した父の、手術前日の言葉だ。
「人間というものは、その人にしか果たせない使命というものを持っている」
序盤では、まだあまりピンとこない。それは、当の本人たる有紀も同じだ。
〝彼がなぜそんなことをいったのか、友紀にはわからなかった。
 それから何年経っても、わからないままでいる。
 深い意味はなかったのかもしれない。
 だがその時のやりとりは、彼女の記憶に強く刻み込まれている。〟
そして、その言葉を刻み付けている人間は、友紀だけではない。
健介の言葉は、違う場所でも大きな役割を果たす、物語のキーともなるのだ。


だが、そんな有紀の抱える秘密。
それは、失敗した父の手術に対する、ぬぐえないわだかまりだ。
〝お父さんみたいな人を助ける−その言葉に嘘はない。
 だがもう一つ別の、ある意味もっと大きい動機が彼女にはあった。
 ただし、それは他人には決して気取られてはならないものだった。
 指導医は無論のこと、母親にさえも隠し続けていることだ〟


そんな中、飛び込んでくる脅迫は、医療ミスの指摘。
患者たち、遺族たちから疑念が噴出する中、有紀も同じ問題に頭を悩ます。
だが、医師たちには、脅迫されるようなミスの記憶はない。
「遺族というのは、どんなに医師がベストを尽くしたといっても、
 腹の底から納得しているわけではない。
 何とかできたんじゃないか、と何年経っても疑っている。
 それを言葉に出さないのは。単にきっかけがないからだ」
脅迫は、まさにそのきっかけとなって、患者、そして病院に混乱をきたすのだ。


ラストに関しては、性善説に基づくストーリーだな、という印象は否めない。
ある男に対しては、最終的には良心への問い掛けしかない。
それを納得させられるだけの〝材料〝はもちろんあるし、
その〝材料〟に関してはもう泣かされてしまったのも確か。
だが、微妙に「それでいいのか」的な感じはしてしまう。
ある男に反省を促す部分に関しても、正直納得はいかない。
物事に対して反省のない人間は、どんなことをされても決して反省しない。
その男に救う価値があるのか、こちらも何だか釈然としない部分は残る。


それはあくまでも敢えていうなら、のレベルの瑕疵に過ぎない。
素直に読めば、こみ上げてくるような感動も十分味わえるし、
前述した上手い泣かせには、思わず涙も流れてしまうくらい。
あくまで、東野圭吾にしては、やや甘いかな、という程度の弱点である。
総体的には、さすが東野圭吾、と思える文句なしのエンタテインメント。
凡百のサスペンスを軽く凌駕する、極上の読書タイムを提供してくれる。
とりあえずは書いてしまった〝瑕疵〟など気にせず、
多くの人に読んで欲しい傑作である、ということで、無理矢理まとめたい。


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使命と魂のリミット
東野 圭吾著
新潮社 (2006.12)
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