町田康「パンク侍、斬られて候 (角川文庫)」

mike-cat2006-12-02



というわけで、約1年ぶりの町田康だが、
ハードカバーでは、読みそびれた1冊が文庫化。
「表紙の写真がちょっと…」という気持ちを、
町田康の猿まね風に書いてみようかと思うのだが、
何で買わなかったかというと、
町田康自身が侍の衣装に扮しているのを見て、
この作家も「そろそろ作品以上に俺自身がスターだ」みたいな、
石田衣良的な勘違い(イタいんだ、あれが…)してしまったのか、
なんて思ってしまって手に取るのもどうかと考えていたのだが、
何といっても町田康だから、そこらへん実は確信犯的な部分であって、
写真ぐらいで作家が勘違いしたと勘違いするようでは、
それこそ本当のファンじゃないんだよ、というメッセージも込められていそうで、
なんてことまでは書店店頭であまり考えていなかったんだけど、
とりあえず、何となくこういうノリで書いてみたくなるんだよな、
町田康の小説読んだ後って、みたいな気分をいま満喫してみた。


ああ、疲れた。
ということで、町田康ならではの「不条理/パンク/時代劇/文学」。
〝圧倒的な才能で描かれる諧謔と風刺に満ちた傑作時代小説!!〟
時代劇だけでなく、文学の定石を鼻でフンと笑い飛ばし、
破壊的なパワーと何ともいえない脱力系の笑い、
そして、ねじ曲がるほどの不条理に満ちた物語世界を提供してくれる。
告白」「権現の踊り子 (講談社文庫)」など、数々の傑作に通じる魅力にあふれた作品であることを、ここに保証したい。
といったって、何かあっても賠償できるわけでもないのだが…


時は江戸時代。物語は、街道沿いの茶店から始まる。
茶店にたたずんでいた牢人が、疝気を患ったかのような老人をいきなり斬り捨てる。
その者、炸州牢人掛十之進。
掛によればこの老人、世に計り知れない厄災もたらす腹ふり党の一員だとか。
腹ふり党の蔓延を止めたという掛の行動が、この地を大きな混乱に巻き込んでいく…


つかみは完璧。そしてこの後に展開される、
黒和藩士長岡主馬と掛十之進の会話から、もうぶっ飛んでる。
「マジ汚ねぇよ」だの、「後はもうビジネスだ」だの、時代劇の設定は完全無視。
時代劇の設定をうまく使いつつも、
エンタテインメント性と文学性を追求していくためには、ちゃっかり何でもありでいく。
夏目漱石の『吾輩は猫である』はお読みかな」なんてセリフは飛び出すし、
果てはフランク・ザッパJB
ジミー・クリフボブ・マーリィ&ザ・ウェイラーズなんて名前まで登場する。
(といってもまあ、あくまで名前が登場するだけだが…)
剣客同志の果たし合いだって、もうムチャクチャだ。
「悪酔いプーさん。くだまいてポン」と「受付嬢、すっぴんあぐら」の戦い。
藤沢周平のファンなら、卒倒してしまいそうな、ギャグとパンク性にあふれている。



第一がこの腹ふり党を始め、出てくるヤツがいちいち香ばしい。
正論公とも揶揄される、堅物で野暮天の殿様は出てくるわ、
ヘンな力を持ったアホは出てくるわ、猿は出てくる、美女は出てくる…
まあ、美女は別にいいのだが、どいつもこいつもどこかおかしい。
町田康作品ではお馴染みの、登場人物の思考垂れ流しもいちいち笑わせるし、
もう読み始めたら、止まらないこと請け合いの最高の面白さがぶぶぶとはみ出てくる


かといって、独特の風刺だって忘れない。
新興宗教でもある腹ふり党の決起が、大混乱へと転じた場面だ。
なぜ、こんなことに…、そんなバカな…、という疑問にこう答える。
〝奴らはそれが合理的だから信じるんじゃないんだよ。
 奴らは自分が信じたいことを信じてるんだよ〟
定番ではあるのだが、つくづく世の中の真理を突いた言葉でもある。
〝河原に参集しているのは木偶同然の付和雷同分子である。
 行列があればなんの行列かわからなくてもとりあえず並ぶし、
 売れていると聞けば買わなきゃと思う。
 芝居を真実だと思いこみ、著名人を敬慕しつ憎悪する。
 絶対に自分の脳でものを考えないが自分はユニークな人間だと信じている。〟
この、突き刺さるような感覚。自分自身の胸に手を当てると、微妙に感じられる。
完全にカオスへと転じた後半、物語は完全に破綻の様相を見せるが、
それがなぜか心地いいのが、町田康の不思議な魅力のひとつなのである。


何はともあれ、ひとことでいうなら、とにかく楽しい小説。
表紙がどうこういって、いままで読んでいなかったのが、悔しいくらいだ。
町田康ファンなら、もちろん必須アイテム。
そうでない方にも、ぜひ読んで欲しい、お勧めの1冊なのだった。


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パンク侍、斬られて候
町田 康〔著〕
角川書店 (2006.10)
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