戸梶圭太「誘拐の誤差」
トカジ最新作は〝本格警察小説〟を宣言した、誘拐もの。
〝こんな警察小説が今まであっただろうか!?
不可解な動機にスリリングな展開
驚愕のラストにあなたは絶句する〟
本の外見だけに騙され、本当に本格警察小説、
と思って買ってしまったが最後、愕然とすること間違いなしだろう。
間違いなく保証できるのは、今までにない、という部分。
だが、警察ものの体裁は取っているが、
中身は良くも悪くも、いつも通りのトカジらしい小説だったりする。
舞台は茨城県の田舎町。
10歳の礼乎(れお)が突然、姿を消した。
失踪か、誘拐か。捜査を始めた警察だが、一向に行方はつかめない。
だが、礼乎が死体となって発見された1週間後、身代金要求の連絡が。
目的は? 犯人は? 迷走する捜査は地域全体を混乱に巻き込んでいく−
こうやってあらすじを書いてみると、なるほど普通っぽい。
息子を捜す母親、そして、トラブルに巻き込まれた礼乎が描かれる序盤も然り。
しかし、警察官・和久田の独白で始まる10数ページ目で様相はがらりと変わる。
(元ヤン夫婦かよ)(ま、ヤンキーのできちゃった婚ってやつだな)
そしてこう続くのだ
〝礼乎だ。レオ。
親の神経を疑いたくなる。もし子供が死んで見つかったら、
テレビも新聞も一斉に、レオ君、レオ君と連呼するのだ。想像しただけで寒けがする。
真っ青な顔で取り乱している夫婦を見ても、和久田の心には何も響いてこない〟
まあ、真っ当な感覚といえば真っ当だが、
まともな警察小説では決して描かれることのない、危険な本音である。
ここから物語空間は、一気にぐにゃりとねじ曲がっていく。
いつも通りのバカ大集合。
脊髄反射レベルでしかものを考えないバカに電波系、
色ボケ、身勝手、引きこもり…、とトカジ・オールスターズで展開していく。
当然犯人も衝動系のバカだから、まともな捜査網には引っかからないし、
捜査する警察官もバカと差別主義者ばかりなので、
次々と無関係な人間(これもまた、ヘンなやつばかりだが…)が捜査線に浮上する。
そんなただのバカ話をある意味シュールな小説にしているのが、物語の語り手だ。
多少ネタバレになってしまうのだが、何と礼乎本人だったりする。
それも死んでしまった礼乎が、幽霊として事件の行方を見守る、というオチだ。
間違いなく〝本格警察小説〟としては許されない設定に、
思わず苦笑しながら読み進めると、何ともいえない味に、さらに苦笑が深まる。
死体が損傷していく姿や、被害者を顧みない家族や警察、
そして、犯人たちのあまりにも愚かな様子に、礼乎が何を思うのか。
もちろん、ありえない話ではあるのだが、思わず「そんなものかも…」と頷いてしまう。
事件の行方もそこそこに、あるものに夢中になるのも、ちょっとリアルに感じる。
驚愕のラスト、については、驚愕と銘打ってしまった以上はあまりショックは少ない。
むしろ、そのラストだけでなく、物語全体を通じても、
まあ意外に現実の世界ってそんなもんかも、という思いも否定できない。
微妙にリアルさに寒けを覚えるのは、いつものトカジ小説と同じ。
わざわざハードカバーで買ってまで読むような本ではないが、
文庫になったら、出張の移動時間にでもどうかね、という感じの1冊だろうか。