TOHOシネマズなんばで「トゥモロー・ワールド」

mike-cat2006-11-23



〝唯一の希望を失えば、人類に明日はない〟
天国の口、終わりの楽園」「大いなる遺産」の
アルフォンソ・キュアロン最新作は、
子どもの姿が消えたイギリスを描く、近未来SFだ。
原作はP.D.ジェイムズの「トゥモロー・ワールド (ハヤカワ・ミステリ文庫)」(「人類の子供たち」改題)。
主演は「シン・シティ」「インサイド・マン」のクライヴ・オーウェン
共演にジュリアン・ムーア(「めぐりあう時間たち」)、
マイケル・ケイン(「サイダーハウス・ルール」)、
キウェテル・イジョフォー(「堕天使のパスポート」「メリンダとメリンダ」)と、
シブイ俳優をそろえ、重厚なドラマを展開していく。


舞台は2027年のロンドン。
人類は生殖能力を失い、最後の赤ん坊が生まれてから、18年の歳月が流れた。
世界的に無政府状態が蔓延し、治安が維持されているのは英国を残すのみ。
しかし、その英国にも、移民拒絶法による暴力的な隔離と差別、テロが横行していた。
エネルギー省に務める元運動家のセオ・ファロンはある日、
移民の権利を訴えるテロ組織〝Fish〟のメンバーに拉致される。
リーダーはセオのかつての妻、ジュリアンだった。
〝Fish〟がセオに求めてきたのは、ある若い女性の通行査証の入手。
人類再生の行方を左右するその女性、キーには、ある秘密を抱えていた−


SF映画の潮流を作りあげた「ブレードランナー」以降、
陰鬱な未来を描く、というスタイルは何度も繰り返されてきた。
まあ、〝明るい未来〟ではなかなか映画にもしにくいのだが、
薄汚れた街に浮かぶ最新テクノロジーは、ある意味ありふれた手法でもあった。
しかし、この映画の陰鬱さは、そんな中でも出色の陰鬱さを醸し出す。


撮影は「スリーピー・ホロウ」「天国の口、終わりの楽園」のエマニュエル・ルベッキ。
自然光中心のややざらついた映像に、デ・パルマ顔負けの長回し
暴力と絶望に満ちあふれた時代を描く、キュアロンの演出も相まって、
スクリーンからは、陰々滅々としたイメージが次々と流れ込んでくる。
キング・クリムゾンジョン・レノンリバティーンズなど、
60〜70年代を思わせる音楽も、そんな時代の暗さをさらに浮き立たせる。


しかし、そんな暗さもまた、この映画の独特の魅力である。
時にはハンディカメラのレンズに血が飛び散ったまま、撮影が続く映像。
哀しみをたたえたクライヴ・オーウェンの瞳が映し出すその世界では、
差別、暴力、破壊などなど、人間の最悪の部分が浮き彫りになっている。
「すべてがセオの目を通して見る世界として描かれる」というキュアロンは、
そんな陰惨な世界の中にまみれながも、
かすかな光を見出そうとする〝普通の男〟セオに、希望を託すのだ。


ジュリアン・ムーアに対する「えっ!」というか扱いもなかなか効果的だし、
日頃は〝やたらと出過ぎ〟感のマイケル・ケインも、
今回はなかなか意義深い役柄を演じ上げ、ドラマに厚みを加えている。
希望を失った人類を癒やす犬や猫の姿も何とも切なく、こころに訴えてくる。
だからこそ、これだけ真っ暗なドラマなのに、引き込まれていってしまうのだ。


とても万人向けの映画とは、もちろん言い難い。
しかし、どよんとした〝陰鬱な未来〟の中にも、
何らかの希望や慰めも見つけることはできるはずだ。
もちろん、一方でかすかな希望を前にしても、人類の救い難さは示されるのだが…
そんな感慨深さや、複雑な余韻を味わうなら、この映画はお勧めだ。
パンフレットによると、作品の趣きや設定などは、だいぶ原作とは違うらしい。
とりあえず映画を観るまでは、と思って、
これまで手に取っていなかったのだが、そちらもどうやら一読の価値はありそうだ。