川上弘美「真鶴」

mike-cat2006-11-08



〝ついてくるもの〟に導かれ、真鶴をさまよう〝わたし〟京。
失踪した夫・礼はその日記に「真鶴」と記していた。
恋人の青茲、反抗期にさしかかった娘・百、そして〝ついてくるもの〟…
はなれたり、近づいたりを繰り返しながら、夫の影を思い出す。
真鶴には何があるのか、そして夫はどこに消えたのか−


何ともつかみどころのない小説、である。
〝歩いていると、ついてくるものがあった。〟
蛇を踏む (文春文庫)」を思わせる、不可思議な書き出しから始まる物語は、
真鶴の裏表を舞台に、不思議世界をふわふわと漂流していく。
〝ついてくるもの〟は最初、女なのか、男なのかもわからない。
海のものかもしれないし、うすかったりすることもある。
ついてきたり、離れていたり、たくさんいたり、いなかったり…
そんな〝ついてくるもの〟は、〝わたし〟を時に惑わし、時に導き、真鶴へと誘う。


〝夫は何のしるしも残さず、居なくなった。消息は今もいっさい聞かない。〟
破り捨てようとした日記に、ボールペンでほそく書かれた文字は「真鶴」。
胸ポケットの紙片の隅には、小さく「21:00」とも書かれていた。
「真鶴」と「21:00」の謎に迫ろうとする〝わたし〟だが、
まるで霧がかかったかのように、その真相は見えてこない。


〝いない夫〟の存在は、〝わたし〟のこころを惑わすだけではない。
周囲の人間との関係にも大きな影響を投げかける。
恋人同士、母娘、そして〝ついてくるもの〟と離れたり、くっついたり…
答えのでない、数多わき出す疑問の渦に巻き込まれていくのだ。 


いかにも川上弘美らしい、幻想的な語りは、
深さのわからない海を漂っているような不安と、一種の心地よさをもたらす。
かといって、何か明解な〝答え〟は見えてこないのが、これまたいかにも、だ。
真鶴の裏の姿、夫の失踪の真相、そして〝ついてくるもの〟の正体…
見えてくるようでいて、どこか焦点をぼやかされたまま、物語は進んでいく。
読み終わっても、結局「これだ!」というものはつかめそうでつかめない。
だが、そんな心許なさ、なんかも一種の心地よい余韻になってしまう。
最後まで、川上弘美に化かされたような、
そんな気分でもあるのだが、それはそれでよし。
それこそが、川上弘美の味わいなんだろうな、とあらためて思うのだった。


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真鶴
真鶴
posted with 簡単リンクくん at 2006.11. 6
川上 弘美著
文芸春秋 (2006.10)
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