佐藤多佳子「一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-」「一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイ-」「一瞬の風になれ 第三部 -ドン-」
「しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)」「黄色い目の魚 (新潮文庫)」の佐藤多佳子最新作。
〝青春小説の旗手、４年ぶり待望の書き下ろし長編小説〟
３分冊、３カ月連続刊行、というやつだが、
記憶力と忍耐力に自信がないため、完結を待って読み始める。
スティーヴン・キングの「ダーク・タワー」シリーズも同じく…
〝「速くなる」−ただそれだけを目指して走る。
白い広い何もない、虚空に向かって…〟
三浦しをんの「風が強く吹いている」は駅伝だったが、
こちらは、１００メートル、４×１００メートルリレーのショートスプリント。
〝ただ、走る。走る。走る。他のものは何もいらない。
この身体と、この走路があればいい………〟
たった１０秒あまり、もしくは４０秒あまりにこめられた、
熱い青春ドラマを、競技への愛情たっぷりに描いた大傑作だ。
サッカーのユース代表候補にも選ばれた兄の健一、
全国中学校大会を２年で制した生粋のスプリンターで、親友の連。
ふたりの天才を身近に持つ〝俺〟新二は、高校一年生。
兄の才能に複雑な感情を抱く〝俺〟が選んだのは、連とともに〝走ること〟。
気まぐれで物ぐさな天才・連を走らせるために始めた陸上だが、
いつしか、〝俺〟は隠れた才能を見出されることになる−
絵に描いたような、熱い、熱いセイシュンだ。
コンプレックスを抱かせる兄の存在、
親友でもあり、手の届かない存在のスター選手である連に加え、
気のいい仲間、そして個性的なライバルたち…
個人種目としての１００メートル、
チーム種目としての４継（４×１００メートル）と、２本立ての盛り上がりもある。
「黄色い目の魚」を思わせる、もどかしく、ほのかな恋心なんかもあって、もう豪華絢爛。
セイシュンのすべてが、そこには詰まっている。
主人公の新二のキャラクターがいい。
二人の天才にはさまれた〝普通の選手〟が、
陸上の楽しさに取りつかれ、隠れた才能を開花させていく。
いわゆる〝努力型の天才〟の活躍は、とてもドラマチックだ。
〝天才なんて、そんじょそこらにいるはずのないヤツが、
なんで俺の身近に二人もいるんだろう。すごい身近にか。
ガキの頃からずっと健ちゃんを追いかけてきたように、
今度は連を追うことになるのか。
俺は天才のあとを追うという悲劇の星の下ににでも生まれているのか。〟
そんな、ちょっと鬱屈した〝俺〟の気持ちが、次第に変化していく。
兄の才能にはやる気を奪われた〝俺〟が、
連の才能をエネルギーの源泉にしていく姿が、何とも味わい深い。
スプリント、という競技の特性をうまく生かしているのもいい。
スポーツものによくある〝実はどんな競技でも構わない〟どころか、
別にスポーツである必然性すらないような、当たり前のドラマとは違う。
スプリントにこだわり、スプリントの世界を存分に描き出しているのが最大の特長だ。
〝短距離走はシンプルだ。速い奴が速い。
サッカーのＦＷだったら、ドリブルやヘディングのうまさ、
キープ力、走力、守備力、連係、色んな要素がある。
力の差が歴然としていても、どこかに自分の生きる道があるかもしれない。
「スプリントは残酷だ」と、いつか三輪先生が言っていた。
「でも、こんな爽快なものはないな」〟
もちろん、サッカーにはサッカーのよさがあるのだが、
この小説は、陸上の、それもスプリントの世界の面白さにこだわったのだ。
１、２巻と盛り上がった気持ちは、
最終３巻の後半でさらにグーッとヒートアップする。
まるで、主人公の新二とともに、
高校の３年間を送ったチームメートのような気持ちになってくる。
そして、あふれるような感動とともに迎えるラスト。
読み終えるのがもったいないような、熱い余韻が残る。
ここに、佐藤多佳子の新しい代表作が誕生した。
陸上を題材にした、だけでなく、陸上そのものもきちんと描いたこの傑作は、
たぶん、スポーツものの、新しい名作として語り継がれることになるだろう。
こんな小説をもし、中学生の頃に読んでいたら、
才能はなくても（全盛期でも１００メートルは１１秒台前半…）、陸上にハマっていたはず。
そんな想いすらよぎる、忘れ難い傑作。
読んでよかった、読めてよかった、とつくづく思ったのだった。
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