ジェイムズ・L・スワンソン「マンハント―リンカーン暗殺犯を追った12日間」

mike-cat2006-10-29



リンカーン暗殺。
 それはアメリカ史上初の同時多発テロだった!〟
サブタイトルは〝The 12-Day Chase for Lincoln's killer〟
アメリカを揺るがした歴史的な犯行の全貌と、
テロリストの逃亡の果てを追ったノンフィクション。
あのハリソン・フォード主演(犯人ではなく、追う側)、
タブロイド」のセバスチャン・コルデロ監督で映画化進行中の注目作だ。


時は南北戦争が終わったばかりの1865年4月。
暗殺の舞台はワシントンDCのフォード劇場。
ボックス席で無警戒に観劇を楽しんでいたリンカーンの背後に、
奴隷解放反対主義者の俳優、ジョン・ウィルクス・ブースが迫る。
あっけないばかりの暗殺、そして思わぬアクシデント、そして苦難に満ちた逃亡劇…
〝事実は小説より奇なり〟を地で行く意外な事実が、詳細なディテイルで甦る。


冒頭からノンストップ・アクションの様相を呈する、小説顔負けのノンフィクションだ。
4月3日のリッチモンド陥落、そして南軍の敗退。
ハンサムでカリスマ性のある俳優だったブースは、
深き悲しみに暮れながらも、自らの大義のために立ち上がる。
バージニア州の標語「シク・センパー・ティラニス(暴君は常にかくのごとし)」を叫び、
リンカーンの後頭部に1発の銃弾を撃ち込む。
だが、ここからブースの苦難の道は始まるのだ。
のちに人々が語り継ぐ〝星条旗の復讐〟に数々の誤算。
逃亡先として期待をかけていた、南部の人々たちの意外な反応…


手薄どころか、無に等しいリンカーンの警護から始まって、
追っ手の側は正直間抜けの一言なのだが、
それもまた実際の事件ならではの、独特のドラマに満ちあふれている。
徐々に追いつめられていく中での、ブースの失意や、
関わった人々の苦悩もくわしく描写されることで、歴史が再現されていく。


ブースの行動が招いた皮肉な結果も興味深い。
工業化による働き手・消費者の確保として奴隷解放を進めたリンカーンは、
国土を荒廃させた南北戦争を巻き起こした張本人でもあった。
だが、暗殺によってリンカーンは〝生きていたどの時点より偉大になった〟。
ブースは図らずも、憎き男をアメリカ史に燦然と輝く英雄にしてしまった。
「わたしを拒否する冷たい手」によって、苦境に追い込まれていくブース。
自らの大義に基づく英雄的行為が当時認められることはなく、
古きよき南部を取り戻すことすらできないままに終わったのだ。
テロリストに感情移入するのもヘンなのだが、つくづく哀れとしかいいようがない。
だが、その哀しさゆえに、〝ブースの物語〟は忘れ難い余韻を残す。


いかにもアメリからしいな、と感じさせるのは、
ブースのやらかした蛮行、そして逃亡が、国民を激怒させると同時に、興奮もさせたこと。
いまでいうタブロイド紙は、一大イベントのごとく事件を報じ、
ブースのブロマイドは、政府の禁止令を無視して飛ぶように売れる始末。
その死後もエルヴィス・プレスリーよろしく根強い〝生存説〟が流れるなど、
憂国アンチヒーローとして、歴史に名を刻んでしまっているのである。


映画化に当たっては、どこまでこうした部分が生かされるのか、だいぶ懸念はある。
ハリソン・フォードが演じる捜査官エヴァートン・コンガーに焦点を当てた映画になるだろうし、
捜査側が数々犯した、間抜けそのものの失敗はあまりクローズアップされないだろう。
ブースの逃避行も、どこまでみじめさが再現されるのか、微妙な部分だろう。
しかし、あのフォード主演の傑作「逃亡者」の逆をいく展開にはかなり興味がある。
タブロイド」で連続殺人犯の心の闇に迫ったコルデロ監督の演出にも注目したい。
ただ、全米公開は2007年。
日本公開される頃には、まるで本の中身を覚えてないだろうな、という不安も…
公開が一日でも早くなることを、いまは祈るばかりなのだ。


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マンハント
マンハント
posted with 簡単リンクくん at 2006.10.26
ジェイムズ・L.スワンソン著 / 富永 和子訳
早川書房 (2006.10)
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