東野圭吾「手紙 (文春文庫)」

mike-cat2006-10-12



〝涙のロングセラー 待望の文庫化〟
山田孝之玉山鉄二沢尻エリカ出演で映画化もされた、
真保裕一の「繋がれた明日 (朝日文庫)」と対をなす、
東野圭吾版「罪と罰」ともいえる、人間ドラマだ。


剛と直貴は、両親を早くに失い、苦労を続けてきた兄弟。
仕事の無理がたたって体を壊した兄・剛志は、
弟の進学費用を捻出するため、強盗殺人に及んでしまう。
しかし結局、大学進学をあきらめた直貴は、社会の底でもがき苦しむ。
加害者の家族であるというだけで、理不尽な差別を受ける直貴。
刑務所に服役した剛から届く手紙は、そんな直貴の気持ちを苛立たせる−


繋がれた明日」の時も書いたが、
犯罪の加害者、被害者の家族の苦悩を描いた作品というと、
乃南アサの「風紋〈上〉 (双葉文庫)」「風紋〈下〉 (双葉文庫)」「晩鐘〈上〉 (双葉文庫)」「晩鐘〈下〉 (双葉文庫)」が、やはり強く印象に残っている。
この小説ではその中でも、加害者家族への差別に焦点が当たる。
そして、「なぜ、家族というだけで…」という直貴の苦しみは、
当然のようにも、理不尽にも感じられる、微妙なラインにある問題だ。


だが、その問題に対し、東野圭吾は、明解な主張を繰り出してくる。
ある登場人物が、きっぱりと言い放つ。
「我々は君のことを差別しなきゃならないんだ」
そして、こう続ける。
「自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになる−
 すべての犯罪者にそう思い知らせるためにもね」
強引かもしれないが、非常に納得のいく説明である。
加害者本人の苦しみがメインだった「繋がれた明日」と比べ、
すっきりした印象があるのは、そんなところにも理由があるのかもしれない。


東野圭吾らしい〝泣かせ〟にも、かなりグッときてしまう。
弟のことを思うがゆえに、越えてはならない一線を越えてしまった兄の愚かさ、
そして哀しさを感じさせる、そんなエピソードが次々と繰り出されてくる。
弟の好物と勘違いしていた甘栗を被害者宅で見つけ、
それを取りに戻ったばっかりに、逮捕されてしまったという顛末も哀しいし、
刑務所の売店で直貴が、兄に何を差し入れるのか、悩む場面も然りだ。
〝剛志の好物を思い出そうとしたが、何ひとつ思いつかなかった。
 母親が生きていた頃から兄は好き嫌いをいったことがなく、
 おいしそうなものはいつも弟に譲ってくれたからだ。〟
弟思いの愚かすぎる兄の姿に、どうしても涙を誘われてしまうのだ。


ただ、弟の直貴の人間性という部分では、だいぶ問題も多い。
どこまでも自分本位な性格に加え、
特に、中盤で紹介される、直貴に想いを寄せる由美子とのエピソードでは、
「こいつは人間として最低」と断定していい行動などもあって、
あまり感情移入できないのも確かだ。


それでも、東野圭吾が用意する、絶妙にラストでは、思わず涙を誘われる。
剛志の手紙がもたらす、何とも切ない余韻…
つくづく巧いな、とうならされること、請け合いといっていい。
面白い、面白くない、で価値判断するには、
あまりにも重い題材の小説ではあるが、
それでもやはり、この小説は面白いし、読ませる、と思うのである。


余談だが、映画で由美子を演じるのが沢尻エリカ、と知ってかなり驚いた。
作品を読めば一目瞭然だが、
沢尻エリカの演技力は別として、間違いなくミスキャストだ。
理由はもちろん、由美子がパッと見、さえない女性という設定。
沢尻エリカにひじ鉄という展開は、
どう考えても無理がある、と思うのは僕だけではあるまい。


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東野 圭吾著
文芸春秋 (2006.10)
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