車谷長吉「世界一周恐怖航海記」
〝車谷長吉。六十歳にして初の日本脱出〟
〝船上にて自らの半生を綴った100日間〟
『文學界』での連載に大幅加筆したという、
「最後の文士」「反時代的私小説作家」による旅行記だ。
「赤目四十八瀧心中未遂」「武蔵丸 (新潮文庫)」「忌中」など、
これまで小説はけっこう読んできたが、いわゆるエッセイは初めてだ。
とはいえ、もともとが私小説の作家なので、その境界は微妙なのだろうが…
〝併し私は今日まで日本を脱出したいと思うたことは一遍もない〟はずが、
〝ひたすら嫁はんにおいてきぼりにされるのが恐かった〟がために、
ピースボートに乗って、〝魑魅魍魎が跋扈する〟地球一周の豪華クルーズへ。
詩人で妻の高橋順子、その友人で同じく詩人の新藤涼子とともに、
横浜からヴェトナム、シンガポール、セーシェルにケニア、南アフリカ、ナミビアを経て、
ブラジル、アルゼンチン、チリからイースター島へ、
タヒチからフィジー、パプアニューギニアを通って、横浜へ戻るという100日間。
オビにもある通り、さまざまな場面で自らの半生を振り返りながらの旅は、
自ら認める〝畸人変人〟車谷長吉らしい滑稽さとヘビーさに満ちている。
はっきりいって、旅先で起こる出来事より、車谷長吉の方がよっぽど変である。
だいたいが、格好からしてかなり確信犯的にヘンなのだ。
巻頭などに各地で撮影した写真が紹介されているのだが、
〝赤目四十八瀧心中未遂〟のTシャツだの、
〝千駄木蟲息山房〟の銘入りの法被だの、どう考えてもクルーズとか旅行にそぐわない。
世界の各地(といっても南半球中心だが…)を訪れてみたところで、
視点は全然観光じゃないところも、これまたいかにも車谷長吉らしいのだ。
正直なところ、読んでいてその〝奇行〟にあきれつつも、
車谷長吉にとっての原風景と相通ずる、それぞれの土地の情景に、
自らの半生を重ね合わせていく描写には、思わず引き込まれる。
(実際のところ、この人は別に海外旅行に行かなくても、
こんなことばかり考えているのだろうな、とは思うのだが…)
日本人まみれのツアーの俗悪さや、
〝悪名高き〟ピースボートの食事のお献立もなかなかにきつめで、
思わず引いたりもするが、あくまで他人事で楽しむには悪くない本だと思う。
まあ、やっぱり車谷長吉は小説の方がいいかな、と思うのも確かだが…