三浦しをん「風が強く吹いている」

mike-cat2006-09-26



直木賞受賞第1作!
〝「速く」ではなく「強く」。目指せ箱根駅伝!〟
最新作は、いわく〝超ストレートな大型青春小説〟
素人集団が学生陸上界の花形イベント、箱根駅伝を目指す、
というあまりに真っすぐなスポ根コメディだ。


きっかけは、走る才能に恵まれながら、
それぞれの理由で競技の第一線から離れていた二人の男の出会い。
目標は箱根駅伝。メンバーはたった10人。
東京の私立大、寛政大に通う学生が住むボロアパート、竹青荘に集った、
クイズ王、ニコチン中毒、マンガオタク、
アフリカからの国費留学生(しかし、理工学部)…
個性派ぞろいでも、陸上はまったくの素人軍団は不可能を可能にできるのか−


三浦しをんならではの、ボーイズラブを密かに忍ばせつつ、
破天荒な仲間と、夢のような目標を目指していく。
「少年ジャンプ」でもお馴染み「努力」「友情」「勝利」の3大テーマに加え、
登場するライバルは、嫌味で姑息な野郎に雲の上の存在と、豪華ラインナップ。
ある意味定番過ぎる〝お約束〟は、
スポ根マンガや映画の名作へのオマージュともいえる。


だが、かつてのスポ根が当たり前に勝利を目指していたのと違い、
この作品の登場人物たちは、なぜ走るのか、何のために走るのか、を深く追求する。
「勝利」を目指しているのは確かだが、何をもって「勝利」とするか、の定義はそれぞれだ。
ここらへんは、近年のスポ根の流れをうまい具合に取り入れていて、興味深い。


素人集団で箱根の頂点を目指す、という〝目標〟の扱いにも好感が持てる。
ふつう、こんな目標を口にすれば、絵空事、夢物語と笑われるだけだし、
陸上関係者やファンが聞いたら、「箱根を甘く見るな」と怒る人も少なくないだろう。
実際、こんな夢が実現する可能性なんて、99・999…%ぐらいありえないはずだ。


だが、そんな不可能な夢を、三浦しをんは、決して安直には扱わない。
詳細な取材やリサーチをもとに、本気で箱根駅伝を愛するこころと、
それにたずさわる人間への敬意を持って、0・0000…1%の夢物語を熱く描く。
素人目にはわかりにくい駅伝の裏側をきっちりと描き、
その上で、どれだけ「箱根駅伝」が、レベルの高い大会かもきちんと説明する。
だが、そのフェアな描写があってこそ、ありえないはずの絵空事が、
「もしも、こんなことが起こったら、すごいよな」という、ロマンへと変わっていくのだ。


主人公の清瀬灰二と蔵原走(かける)の、キャラクターだけでなく、
その疑似ロマンス的な友情の熱さには、思わずグッと来てしまうし、
(違う楽しみ方をする人も、けっこう少なくないような気もするが…)
始めは走ることに懐疑的だった仲間たちが、
どんどん走ることの喜びに目覚めていくあたりも、上手くいきすぎとは思いつつも、
ついつい感情移入して、のめり込んでいってしまうのは、三浦しをんのうまさだろうか。
このテのスポ根ものにありがちな、始めからオチが見えたストーリーも、
ていねいに、そしてリズムよく、場面場面の描写を重ねていくことで、
そうなるとわかっていても、グッと熱いものがこみ上げてきてしまうのだ。


オビには〝最強の直木賞受賞第1作!〟とある。
受賞作の「まほろ駅前多田便利軒」のオフビート感とはちょっと違うが、
この適度にリアリティを散りばめた夢物語がもたらすものは、
〝最強〟の名に恥じないだけの、カタルシスと感動を与えてくれるのだ。


Amazon.co.jp風が強く吹いている


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

風が強く吹いている
三浦 しをん著
新潮社 (2006.9)
通常24時間以内に発送します。