村上春樹「アフターダーク (講談社文庫)」

mike-cat2006-09-21



そういえば、ハードカバー刊行時には村上春樹に縁がなかったっけ。
ことしようやく村上春樹初挑戦を果たしたことだし、
待望の文庫化、ということで読んでみることにしてみる。
〝真夜中から空が白むまでのあいだ、
 どこかでひっそりと深淵が口を開ける。〟


舞台は、深夜零時を迎える直前、都心部の「デニーズ」店内。
9歳の少女マリと、ちょっとした知り合いのかみ合わない会話で物語は幕を開ける。
同じ時刻、眠り続ける美しい少女エリを「顔のない男」が「向こう側」から真っすぐのぞき込む。
ふたりの少女の一夜の冒険、そして苦闘を描いた不思議なストーリー−


〝目にしているのは都市の姿だ。
 空を高く飛ぶ夜の鳥の目を通して、私たちはその光景を上空からとらえている。
 広い視野の中では、都市はひとつの巨大な生き物に見える。
 あるいはいくつもの生命体がからみ合って作りあげた、ひとつの集合体のように見える。〟
夜に鳥は目が見えるのか、という野暮は言わないでおくとして、
物語の中で、この〝私たち〟はこの鳥のように
「架空のカメラ」として、観察はするが、介入はしない
〝政党的なタイムトラベラーと同じルール〟でふたりの少女を見守っていく。


深夜の街をゆく少女マリの風変わりな〝冒険〟と、
眠り続けることを望んだ少女エリの〝観念の叫び〟は、
村上春樹一流の不思議な引力を発揮する。
そして、その物語は、タイトルの由来らしいカーティス・フラー
「ファイブポイント・アフターダーク」を始めとする、数々のBGMに彩られながら、
心地よく読む者のこころに響いてくるのだ。


確かに、善悪の判断は別として、魅力的な登場人物にも彩られた、
冒険のを通して得られるのは、ごくかすかな変化に過ぎない。
だが、そのかすかな一歩の前進がもたらす、その余韻は深くこころに刻まれる。
背表紙の〝新しい小説世界に向かう〟という部分はそんなあたりか。
熱心なファンには評価の分かれる作品のような気がするが、
これはこれで個人的にはかなり楽しめた一冊だと思う。
もう少しねっちょりこってりとした感じでも読みたかった気はしたが、
この淡さもいいんだろうな、と勝手に納得してみたのだった。


Amazon.co.jpアフターダーク


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

アフターダーク
村上 春樹〔著〕
講談社 (2006.9)
通常24時間以内に発送します。