宮部みゆき「名もなき毒」

mike-cat2006-09-06



〝連続無差別殺人事件。あらゆる場所に「毒」は潜む。〟
誰か Somebody (カッパノベルス)」の杉村三郎が、今回は連続毒殺事件に挑む。


今多コンツェルン会長の婿養子にして、社内報編集に携わる〝私〟杉村三郎。
トラブルに次ぐトラブルの末、クビになった女性アシスタントの身上調査を行う中で、
毒物混入による、連続無差別殺人の被害者家族とめぐり会う−


前作で登場した優秀なアシスタント、シーナちゃんの後任として、
圧倒的な倍率を勝ち進んできた原田(げんだ)さん。
履歴書に書かれていた優秀な経歴が、全部嘘に思える、とんでもない人物だった。
〝仕事ができない、仕事を覚えようとしない、仲間と上手くやれない。
 何か注意されると、すぐトンガる。〟
これだけなら、そこらへんにもよくいるタイプである。
だが、この原田さん。被害妄想的な執着心で、職場を混乱に陥れていくのだ。


一方で、横浜やさいたまなどで次々に起こった連続毒殺事件。
コンビニのウーロン茶などに仕込まれた青酸カリには、果たして何の狙いがあったのか。
突然、祖父を奪われた少女が、杉村三郎と偶然出会ったとき、事件は動きだす。


ミステリーとしての体裁は前作同様、日常ミステリにプラスαを加えたような、
静かなムードと、時々挟み込まれる〝逆タマ〟探偵のほのぼのした描写が特徴だ。
タイトルにある〝毒〟には、文字通りの青酸カリなど毒の意味もあるが、
むしろメインとなるのは、人間のこころに巣くい、人間のこころを食い尽くす毒にある。


冒頭の場面だ。
社内での取材で、ある部署の次長シックハウス症候群の話で、
ひとしきり盛り上がった〝私〟だが、
逆タマの婿養子とわかった時点で、相手の様子が一変する。
まあ、お金の心配の要らない人間と、生活の不安を語り合うのはバカバカしいが、
そうした偏見にも近しい、一方的な視線に曝される杉村がどこか淋しい。


そして、こんな言葉もぶつけられる。
「本来、あなたみたいに見るからに恵まれた人間が
 彼に接触すること自体が間違いなんです。邪気がないってのは、いちばん始末に悪い」
ぶつけたくなる側の気持ちもわからないではないし、
正論かもしれないが、ぶつけられる方にとってみたら、たまらないはずだ。


そして、人々を苛み、侵していく「毒」に、〝私〟は悩む。
不遇が育てたその毒が、時には自家増殖しながら、周囲のひとを傷つける。
そして〝私〟は切に願うのだ。
〝我々の内にある毒の名前を知りたい。
 誰か私に教えてほしい。我々が内包する毒の名は何というのだ〟
こうした一抹の寂しさを余韻に残しながら、事件は解決されていく。


多少ストーリーに無理もある気はするが、
謎解きメインというより、そうしたこころの動きがメインの小説なので、構わないのだろう。
前作同様、宮部みゆきらしい、読ませる小説であることは間違いない。
今後のシリーズも読み続けたいな、と思う、佳作ではないだろうか。


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名もなき毒
名もなき毒
posted with 簡単リンクくん at 2006. 9. 6
宮部 みゆき著
幻冬舎 (2006.8)
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