ドン・ウィンズロウ「砂漠で溺れるわけにはいかない (創元推理文庫)」
〝ニール・ケアリー・シリーズ最終巻!
結婚二か月前のニールに与えられた〝簡単な任務〟とは?!
元ストリート・キッドはどこへ向かう?〟
傑作「ストリート・キッズ (創元推理文庫)」のニール・ケアリーのシリーズ、第5弾にして最終巻。
邦訳では、実に13年をかけてのシリーズとなったが、
訳者あとがきにある〝いいわけ〟がなかなかに泣かせる。
出版不況、特に翻訳ものの不振の波をもろにかぶった格好だったらしい。
そんな感慨深いシリーズ完結編なのだが、正直なところ、
既刊の約半分というボリュームといい、プロットのシンプルさといい、
解説にもあるように、後日譚もしくは、番外編といった趣だろうか。
しかし、ニールの減らず口や勝ち気な婚約者、カレンとのやりとり、
〝父さん〟グレアムの相変わらずの様子など、シリーズならではの楽しみは満載だ。
おまけにとんでもない爺さんまで登場するのだから、やはり楽しい。
一応の完結ということらしいので、再登場にも期待したいところだ。
婚約者、カレンとの結婚を二か月後に控えた〝ぼく〟ニール・ケアリー。
そんな〝ぼく〟のもとに〝父さん〟から、仕事の依頼が入る。
実は〝ぼく〟は、〝朋友会〟のために、探偵仕事を請け負っている。
それは、ロードアイランド州プロヴィデンスの〝銀行〟が顧客のために行う、特殊サービス。
依頼は、ラスヴェガスにふらっと出かけて帰ってこない、ある爺さんを連れ戻すこと。
だが、その爺さんが、実はとんでもない爺さんだった−
物語は、いかにもこのシリーズらしい会話で幕を開ける。
〝断じて湯舟から出るべきではなかった。
熱いお湯に浸かっていたら、カレンがダイエット・ペプシを取ってきてくれと言う。
「なんだって?」
「わたし、交尾後の気だるい恍惚状態にあるの。
そういう状態のときは、ダイエット・ペプシがないとね」
「自分で取ってくれば?」
カレンは首を振った。
「女が交尾後のけだるい恍惚状態にあるときは、
男がダイエット・ペプシを取ってくるものなのよ」
にっこりと笑う。「それが愛の掟」〟
言う通り、湯舟から出るべきではなかったのだ。
〝父さん〟から「仕事と呼ぶのもおこがましい。雑用」が舞い込む。
もちろん、ちょろい仕事であるわけがないのは、ご存じの通り。
そして、カレンは思いついたかのように、赤ちゃんが欲しいと〝わめき出す〟。
カレンの願いをあっけなく却下したニールが、
冷戦状態のまま、ラスヴェガスに向かったことは言うまでもない。
そして、次々とトラブルに巻き込まれたニールが、こう嘆く。
〝これはきっと、とてつもなく大きな規模で結託した女たちによる陰謀なのだ。
そうに違いない。
慎み深いひとりの男が、ほんの少し気紛れな婚約者を即座に妊娠させることを、
ほんの一瞬ためらったばっかりに、全宇宙からねちねちといやがらせを受けている。〟
この、ニールのブツクサ口調は、
シリーズを通じて本当に変わらない。そして、何よりも楽しかったりもするのだ。
そして、元コメディアンの爺さんのとんでもないマシンガントークと、
それがもたらすドタバタ劇は、にぎやかにして、どこか心温まってみたりもする。
不幸な生まれを背負うニールが、父となることへの葛藤に悩まされるあたりも、
いかにもこの完結編らしい、一大テーマとして取り上げられるが、それもまた読ませどころだ。
前作「ウォータースライドをのぼれ (創元推理文庫)」では、長い無沙汰に戸惑いもあったが、
今回は比較的早めの刊行とあって、すぐに物語にも入っていける。
シリーズのファンならもちろん必読だし、
未読のひとにもちょっとしたお試し編として、軽く読める1冊じゃないかと思う。