宮部みゆき「誰か Somebody (カッパノベルス)」

mike-cat2006-09-03



〝あなたにもありませんか。
 愛する人が。ささやかな秘密が。〟
〝事故死した運転手には、
 二人の愛する娘と、ささやかな秘密があった。〟 


名もなき毒」を買って、読み始めようとしてから気付く。
誰か Somebody (カッパノベルス)」の続編(というかシリーズ)だったのか、と。
(ちなみに「名もなき妻」と読み違えていたことにも…)
ということで、急いで書店に走り、まずはこちらから読んでみる。
火車 (新潮文庫)」「理由 (新潮文庫)」は大好きなのだが、「模倣犯〈上〉」「模倣犯〈下〉」がどうにも好きになれず、
現代ミステリーとしてはその次(だったと思う)のこの作品をパスしていた。


〝私〟杉村三郎は、今多コンツェルンの広報室勤務にして、会長・今多義親の娘婿。
ある日、義父から直々に依頼されたのは、〝自転車〟に跳ねられ、
不慮の死を遂げた会長付運転手の生涯を綴った本の製作だった。
本の出版を通じて、犯人探しを進めようとする、
運転手・梶田氏の美しい2人の娘と会った〝私〟は、梶田氏の過去を当たる。
実直な運転手の生涯に何があったのか、そして事故の真相は−。


まずは著者の言葉から。
〝人生に不足がない、あるいは、幸せな人生を送っている探偵役というのは、
 ミステリーの世界ではなかなか珍しいような気がする−と、常々考えていました。〟
こんな言葉通り、いわゆるミステリーの殺伐とした雰囲気はない。
かといって、日常ミステリのほのぼの感とはまた違う、
平凡さと思わぬ事件の遭遇のマッチングの妙を楽しませる小説だ。


〝私〟は、いわゆる逆タマに乗った、マスオさんだ。
それは別に狙って、ではなかった。
偶然に出逢い、惹かれ合い、ふたりで人生を過ごしたいと思うようになった。
そうしたら実は、妻はとんでもない金持ちの娘さんだった、というだけ。
だが、そんな幸せを他人はうらやましがり、やっかみ、僻む。


そして、自分の幸せを取り上げられないか、いつもビクビクしている〝私〟。
度量といえば、ビクビクしないでいられる必要量をバケツ1杯とするなら、
〝私〟が持ち合わせているのは、ほんのコップ1杯分。
〝結婚して七年。私は常に自分のコップを大事に持ち運んできた。
 少ししかなくても、まったくないよりはましだ。
 しょっちゅうひっくり返って中身をこぼしてしまうコップでも、掌ですくうよりは役に立つ。〟
それでも、幸せだけどどこか落ち着かない、微妙な感覚がおさまることはない。
そんな平凡な〝私〟が手がける〝事件〟も、どこかつかみどころのない。
だが、その裏に潜む宮部みゆき一流の〝毒〟は、やはりキュッと効いている。


幸せな人々の笑顔の影に隠された、口にすることのできない秘密、
〝私〟の温かい家庭の情景にも、ふと見え隠れする理由のない不安、
そして、思いがけずに投げかけられる、不条理な悪意…
静かでほのぼのとした筆致の中に、突如見え隠れするそんな毒が、とても印象的だ。
大作的な楽しみなないけど、気の利いた小品という感じだろうか。
それでもやはり、宮部みゆきならではのクオリティで、グイグイと引き込まれるのだ。


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誰か
誰か
posted with 簡単リンクくん at 2006. 9. 3
宮部 みゆき著
光文社 (2005.8)
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