米澤穂信「ボトルネック」

mike-cat2006-09-02



〝懐かしくなんかない。爽やかでもない。
 若さとは、かくも冷徹に痛ましい。
 ただ美しく清々しい青春など、どこにもありはしない−。〟
さよなら妖精 (創元推理文庫)」「氷菓 (角川文庫)」の米澤穂信最新作。


金沢在住の高校一年生の〝ぼく〟嵯峨野リョウは、
恋したひとを弔うため、ひとり東尋坊を訪れていた。
恋人が消えた崖下をのぞいていた〝ぼく〟は、強い眩暈に襲われ、自らも崖下へ。
目覚めたところは、金沢市内の見慣れた川原の公園のはずだった。
だが、そこは〝ぼく〟が生まれなかったパラレルワールド
そこには〝ぼくの世界〟では生まれなかったはずの姉がいた−


背表紙側のオビに、編集者によるものらしき惹句がある。
いわく、青春の描き方には2種類ある。
この小説は「渦中にいなければ感じ得ないこともある」という、
同じ目線で若さを描く作者の集大成とまで言い切っている。
〝若さ特有の「痛々しいオーラ」が横溢する、紛れもなく「現在進行形」の青春小説です。〟


痛々しい青春を描いた作品は、決して珍しくない。
だが、どこかその痛々しさの中にも、
青春への満たしえぬ憧憬みたいなのが感じられる小説が少なくないのも確かだ。
その点、米澤穂信はかなり徹底しているといっていいと思う。
この小説の〝ぼく〟も、陰々滅々とまではいかないが、
かなりのネガティブ思考だし、ぬぐいきれぬ厭世観がそこかしこににじむ。
やたらと明るいパラレルワールドの姉を見て、〝ぼく〟は思う。
〝嵯峨野サキは陽性で、その明るさはきっと多くのひとを助けてきたのだろう。
 それはわかる。だけど、まあ。〟
この後に続く言葉が、何ともいえずにこころに響いてくるのだ。
〝日の光を浴びたくないときもある。〟


パラレルワールドに迷い込んだ、という設定の中のドラマでも、米澤穂信らしさは光る。
「なぜ?」「どうして?」の問い掛けにはさほど時間をかけない。
〝ぼく〟は戸惑いつつも、生まれなかったはずの〝姉〟サキと、
さながら、そっくりの絵を2枚ならべた「間違い探しの要領」で、差異を探し始める。
あくまでSFではあるのだが、実際この状況に追い込まれたら、こんなものかも知れない。
割れたはずの皿、死んだはずの兄、なくなったはずの店…
バタフライエフェクトがとんでもない変化をもたらしてるか、
 それとも所詮金沢の一高校生が男か女かってだけでは世界はなぁんにも変わんないのか」
この、醒めた感覚も読んでいて思わず「そうだよね…」と思ってしまうのだ。



題名のボトルネックは、作中、新聞で見かけた経済用語として紹介される。
ボトルネック
瓶の首は細くなっていて、水の流れを妨げる。
そこから、システム全体の効率を上げる場合の妨げとなる部分のことを、ボトルネックと呼ぶ。
全体の向上のためには、まずボトルネックを排除しなければならない。


ボトルネックとは何なのか、パラレルワールドに隠された真相とは−
それが明らかにされたとき、戦慄にも通じる感覚が読む者を貫く。
なるほど、つくづく「痛々しい」。
その苦み走った味わいも含め、読み終えてしばらく放心状態の傑作なのだった。


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ボトルネック
ボトルネック
posted with 簡単リンクくん at 2006. 9. 2
米沢 穂信著
新潮社 (2006.8)
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