井上夢人「ダレカガナカニイル… (講談社文庫)」

mike-cat2006-08-28



読書のリハビリ第2弾。
読みやすさ×面白さなら、やっぱり井上夢人も欠かせない。
ということで、1992年刊の、
岡嶋二人のコンビを解消して最初の井上夢人〝デビュー作〟だ。


西岡悟郎は城東警備保障に勤める28歳。
興味本位の盗聴がばれて左遷された先は、小淵沢近くの新興宗教「解放の家」の施設。
付近住民とのトラブルが相次ぐ中、教祖の吉野桃紅が焼死する事件が起こる。
その時、誰かが悟郎の頭の中で喋り始める。《ここは、どこ?》


教祖は自殺したのか、それとも…
頭の声の正体は幻聴か、それとも…
いくつもの謎が、また新たな謎を呼び込み、話は広がっていく。
頭の中の声と時に相談し、時に口論を繰り広げながら、
事件の謎に挑むストーリーは、10数年の時を経ても新鮮そのものだ。
そしてそのストーリーの転がしぶりといったら、さすが井上夢人
一切退屈させることなく、衝撃の結末まで一気に展開していく。


そんな面白さもさることながら、
興味深いのは新興宗教に対する西岡悟郎、ひいては著者のスタンスだ。
仕事として「解放の家」を警備する警備員の視点で、
金儲けを目的とする新興宗教「解放の家」への批判を交えつつも、
返す刀で徹底的な弾圧を加える地元の住民と警察もチクリと異論を唱える。
なかなかに説得力もあるのだが、やはり1992年当時の視点だな、と変に納得させられる。


小説の中には〝ポワ〟なんて言葉も出てきて、
なかなかドキッとするのだが、この92年当時はまだ、そこまでメジャーな言葉ではないのだ。
つまり、この小説が書かれたのは、オウムの事件がクローズアップされる前なのだ。
もちろん、坂本弁護士一家失踪(1989)はすでに起こっていたが、
まだオウムの問題は社会的な大問題としては浮上していない。
松本サリン事件(1994)や地下鉄サリン事件(1995)もまだだったのだ。
この事件を社会が経験した後で、
地域住民からの迫害をやや懐疑的に描くのは可能だっただろうか。
この作品のような描写には、少なくとも二の足を踏むんじゃなかろうか。
そんな思いが、かなり強くよぎってしまった。


そんな部分はさておいて、小説は一気読み必至の傑作。
オルファクトグラム (講談社ノベルス)」にも匹敵する、新鮮な驚きに満ちたSFミステリだ。
リハビリで読むには、ちょっともったいなかった気もするが、
疲れたアタマにも優しく、存分に楽しませてくれる作品はそうない。
やっぱり井上夢人は面白い、と再確認するとともに、
あらためて井上夢人の未読作品、チェックしなければ、と心に誓ったのだった。


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ダレカガナカニイル…
井上 夢人〔著〕
講談社 (2004.2)
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