東野圭吾「赤い指」

mike-cat2006-08-04



直木賞受賞第1作の書き下ろし長編。
〝犯罪を越えたその先に、本当の闇がある。
 二日間の悪夢と、孤独な愛情の物語〟
〝この家には、隠されている真実がある。
 それはこの家の中で、彼等自身によって明かされなければならない〟


とりあえず、最初に書いておくと、さすが東野圭吾、である。
ああ、そう来るわけね、と思わず感心させられ、
その果てにあるドラマに思わずグッとなってしまったりもする。
ただ、あらすじを書いてしまうと、
小さなネタバレの連続になりそうなので、割愛する。
というか、どう書いても大なり小なりのネタバレになるとは思うので、
そのあたり、ちょっとでも知りたくない人は、この後は読後にどうぞ。


物語は、ある少女の死体遺棄事件をめぐる、家族のドラマ。
それは、果てしなき闇に向かって堕ちていく、哀しく愚かなドラマでもあるし、
他人には想像し得ない、孤高のドラマでもある。
幾層にも折り重ねられた、家族の秘密が、思わず読む者を唸らせる。


登場するある家族には、苛立ちを禁じ得ない。
自己中心的な妻、家庭のいざこざから逃げ続けた夫、甘やかされた子供…
この連中の、論理性を欠いた行動の数々には、
現実の事件を思わせるような、妙なリアルさがたぎっている。
脊髄反射にちょっと色をつけた程度の行動様式で、
この愚かな連中は、さらなる深みにズボズボとはまっていく。


この展開が、なかなかのフラストレーションを感じさせるのだ。
中盤までは正直、これはちょっとハズレかも…、などと不安を感じつつ読み進める。
だが終盤、一気にドラマは二転三転の様相を見せ始めると、
そこまでの展開が大いなる伏線であることに気付く。
最後は、これでもか、というほどの展開に思わず感心。
ひとひねり程度では終わらせない、東野圭吾のサービス精神がうかがえる。


ただ、気になる点がないわけではない。
あくまでエンタテインメントなので、細かいことを言ってもしかたがないのだが、
被害者(もちろん、お話の世界だけど)に対する、配慮といったらいいのだろうか。
被害者である少女の両親の描写が、途中二度ほど登場する。
ごく短いのだが、その痛々しさたるや、ちょっときつめなぐらい。
だが、それが物語の最後の展開になると、すっかり忘れられている。
あの痛々しさを見せられて(というか、読まされて)、
放り出しっぱなしにされると、どうにも寝覚めがよくないような気がするのだ。


それはまるで、殺人事件などの加害者の人権や救済ばかりが重視され、
被害者、もしくは被害者の家族がないがしろにされる、現実社会を見るようでもある。
容疑者なら、まだ理解はできるのだ。
冤罪の可能性を鑑みると、あまりに強引な真似は、事実をねじ曲げる危険を生じさせる。
だが、明らかな加害者に関しては、救済も人権も何もないはずだ。
何しろ、そいつは被害者の人権を踏みにじっているのだから、気遣いは無用だ。
だから例え、小説の世界とはいっても、
被害者がないがしろにされ、加害者のドラマを重厚に描かれてしまうと、違和感を禁じ得ない。
その部分を気にしだしたら、小説なんて読めなくなるのも確かだが、
この作品においては、何となくその部分が普段以上に気になった。


とはいえ、それはあくまで小さな瑕疵に過ぎない。
単純に面白い、いかにも東野圭吾らしい作品だったのは、間違いのないところ。
ミステリ上級者には、バレバレのトリックかもしれないが、
普通に読む分には、十分満足できるレベルの、娯楽作品といえるだろう。


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赤い指
赤い指
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8. 5
東野 圭吾著
講談社 (2006.7)
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