アニー・チェイニー「死体闇取引―暗躍するボディーブローカーたち」

mike-cat2006-08-01



ハヤカワのノンフィクション最新刊。
〝無断で献体を転売する大学病院、
 遺体を切り売りする火葬場…〟
〝知られざるアメリカの死体マーケットの実態と、
 そこから暴利をむさぼる人々の素顔に迫るルポルタージュ!〟


臓器移植や、解剖実習のために用いられる遺体。
〝人間が最期にできる善行〟献体が、ビジネスに流用される。
それだけではない。火葬されたはずの死体が盗まれ、切り刻まれる。
胴体に腕、脚、骨、目玉…
まるで食肉業者そのものの解体を施され、日常品のように扱われる遺体。
地雷の防護服開発のために、爆発に曝されてみたり、
新しい手術器具のセールスのため、
マイアミのホテルで開催される手術実習セミナーに使用されてみたり…
そんな巨大な利益を生み出す、闇の産業の姿は、まさしく驚愕に値する。


その上、10億ドルビジネスともいわれる、この死体マーケットには、
まともな法整備すらなされていない、というのが現実。
〝臓器調達機関(OPO)とは違い、
 組織バンクは非営利組織である必要はなく、収支を監視されることもない。
 バンクは一般からの組織の提供を受けるが、
 ドナーに情報開示する義務は負っていない。
 〜
 このため死体を奪い合う組織バンク間の競争は熾烈をきわめ、
 葬儀社やボディーブローカーと結託して、
 アングラの取引で死体を獲得しようとする。〟


遺体の需要に関しては、理解できるし、決して否定はできない。
何しろ、有形無形、直接間接を問わず、
その恩恵に預かっていない人間など、存在しないはずだ。
問題は、その必要性ほどは、供給体制が整備されていないこと。
だからこそ、暴利を貪るブローカーが暗躍し、
身元不明の死体が取りざたされることになる。


それもこれも、死体という一種のタブーが絡むからでもあるのだが、
このタブーをタブーとしてとらえない人たちの、死体の扱いが強烈だ。
本の中で、NY市警のベテラン刑事の言葉が紹介される。
「それがなんだったかを考えては駄目だ。
 今それがなになのかを考えればいい。
 生きていた過去ではなく、目の前にあるものだけに集中する。
 そうすれば、それはミートの塊にすぎないだろう」
だからこそ、魚河岸のマグロのように転がる胴体を、右から左に捌けるのだ。


そう考えると、この本でもっとも感銘を受けるのは、
死体どうこうの問題以上に、既成概念が取り払われたとき、
いかに人間の意識が変わるのか、ということだろうか。
この本で紹介される、あまりにシュールすぎる光景も、
意識の持ち方一つで、まったく違うものに見えてくるのだろう。
本そのものは、洒落にならないほど罰当たり。
(もちろん、そんな意識がない人たちが暗躍するお話だが…)
だが、そういう部分を越えて、何だか印象深い1冊なのだった。


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死体闇取引
死体闇取引
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8. 2
アニー・チェイニー著 / 中谷 和男訳
早川書房 (2006.7)
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