伊坂幸太郎「重力ピエロ (新潮文庫)」

mike-cat2006-07-10



ハードカバー刊行時のオビが気にいらず、
これまで敬遠していた話題作が、ついに文庫化。
〝ルールは変えられる 世界だって変えられる〟
何だ、このオビだったら、その時読んでいたのに…
そして〝読書界を圧倒した記念碑的名作 文庫化にあたり改稿〟


遺伝子工学に関わる〝私〟と、出生にある〝秘密〟を抱える弟。
ふたりの目の前に立ちはだかったのは、謎のグラフィティアートと連続放火事件だった。
遺伝子をめぐる暗号、美女ストーカー、そして癌病棟の父…
兄弟、家族の絆が、すべてを自由に解き放つ。まるで重力を忘れたピエロのように−。


「ジョーダンバット」の副題の後、〝春が二階から落ちてきた。〟
の書き出しで始まる物語は、家族の回想を織り交ぜながら、ややトリッキーに進行していく。
序盤では、その物語の拡散が災いしてか、
どこかノリ切れないないまま、読み進めることとなる。
とはいえ、そこに描かれる家族の物語であったり、
いかにも伊坂幸太郎らしいこだわりの記述などは、
その一部だけを切り取ってみても、十分すぎるぐらいの魅力は放っている。
だからこそ、サイケデリックに彩られたモザイク模様のように、
序盤は多少なりとも違和感を醸し出しながら、ストーリーは展開されていく。


ミステリーとしての体裁だけで見れば、多少難解というか、
理屈っぽさが目立つ割には、カラクリ自体にはあまり意外性がない。
ただ、そのミステリーの要素は、
あくまで家族、そして空中ブランコから飛ぶピエロのドラマを彩る舞台装置に過ぎない。
「楽しそうに生きてれば、地球の重力なんてなくなる」
「その通り、わたしやあなたは、そのうち宙に浮かぶ」
とやりとりする父と母の思い出など、
グッとくるエピソードに満ちた物語の、あくまで引き立て役にしか、過ぎないのだ。


そして、そうしたモザイクが一気に収束していく後半、
それは単なる混沌から、綿密な計算によって並べられた点描画となっていく。
まるでよくできた騙し絵のように、読む者を惹きつけていく。
そして、最後に訪れる、一種独特の爽快感。
序盤からの伏線が、そこで最大限に生かされているのだ。


個人的に大好きな「死神の精度」「終末のフール」と比べ、
肩に力が入ったような、硬質な印象は否めない。
スタイリッシュさ、が鼻につくような部分は、多少感じられる。
だが、なるほどあれだけの話題を振りまいた作品だな、と感心させられる力作だ。
文庫の背表紙の〝溢れくる未知の感動、小説の奇跡が今ここに。〟
は、個人的にはちょっとオーバー過ぎるな、とは思うが、
そう思う人がいても、別におかしくないかな、という気もしなくはない。
何はともあれ、読み応え抜群の1冊だった。

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