古処誠二「遮断」

mike-cat2006-07-08



13日に発表される直木賞の候補作。
〝昭和20年5月。逃亡兵となった19歳の青年は、
 置き去りにされた赤ん坊を捜すため、
 戦火の沖縄を故郷に向かって北上する−。〟


あらすじとしては、オビの通りとなる。
補足するなら、故郷はすでに撤退を続ける前線の、その先にあり、
19歳の逃亡兵、真市の傍らには、
まだ乳呑児のわが子、初子を捜す母であり、真市と同じ村に住むチヨ、
そして片手を失い、歩くこともままならない廃兵がいる。
撤退ですら困難な連れを抱え、戦火の中に取り残された乳呑児を捜す。
ムチャというより、むざむざ命を捨てるような行動に身を投じた青年の物語だ。
年老いて、死の床に就こうとする真市のもとに届いた、ある手紙の、
一文一文の間に挿しはさむようにして、その回想は語られる。


なぜ、むざむざ命を捨てるような真似を、というのが一つのテーマとなる。
端緒は、それしか選択肢がなかった、という部分でもあるし、
真市がこころに抱えた秘密、葛藤でもある。
やましさに苛まれつつも、何かを信じ、突き進んでいく。
とても人間的でもあり、一方でどこか説明不能な感情が、切実に描かれていく。
戦争、それも目の前で人が単なる肉塊になるような極限的な状況下を、
(実際は本当にどうなのか、わからないが)、とてもリアルにとらえていると思う。


弾雨を逃げ惑う中、たったひとつの缶詰を分け合った見ず知らずの母子が、
一夜明けると動かぬものと化している、そんな残酷な事実。
〝ほんの少し話をしただけであり、
 ほんの少し足りないものを分け合っただけの相手でしかない。〟
そんな相手だからこそ、その死は耐えきれないほどの哀しみをもたらし、
真市は〝込み上げる恥の重さに耐えきれず〟その場にしゃがみ込む。
そんな真市にできることは、感覚と感情を遮断していくだけなのだ。


一方で、その真市が目の当たりにするのは、
皇軍〟の名のもとに、沖縄に血の犠牲を強いる日本軍の姿だ。
もはや負け戦と知りながら、沖縄を盾に抵抗を続けた挙げ句、
日本人ではない〝沖縄人〟と差別し、下等民族、スパイ扱い。
不当な食糧供出を強いるばかりか、あらん限りの略奪を繰り返し、
さらには防空壕を略取、老人や赤ん坊ですら、弾雨の中に追いやる。
そして、米軍に関する嘘の情報で住民を自死にと駆り立てる。
そんな〝皇軍〟の卑劣な実態を、ありありと描いている。


その〝皇軍〟思想の体現者として、登場するのが、真市と行動をともにする廃兵だ。
何のてらいもなく、悪びれることもなく、沖縄人をののしるその姿は、
いまもなお、沖縄にばかり犠牲を強いる〝ヤマト〟の本音そのもの。
唾棄すべき思想に、吐き気すら覚えつつ、
読む者の突き刺さる言葉を、一つ一つ胸に刻み込むしかない。
ただ、その廃兵にもひとつだけいいところがある。
嘘がないのだ。偽りの言葉で、本音を隠さない。
だからこそ、真市と最後の修羅場を迎えたとき、何かが生まれる。
その時、廃兵は人非人の〝皇軍〟兵士でありながら、人間として存在するのだ。


帚木蓬生の「逃亡」にも匹敵する、重さである。
〝あの戦争〟にまつわる、さまざまな想いが、
胸にどよんと沈殿していくような、複雑な余韻を残し、物語は幕を閉じる。
読み応えは十分、しかし読む際には覚悟が必要な1冊だ。


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