浅田次郎「あやしうらめしあなかなし」

mike-cat2006-07-07



〝愛する心に宿る妖かし−
  七つの優霊物語<ジェントル・ゴースト・ストーリー>〟
〝日本特有の神秘的で幻妖な世界で、
 生者と死者が邂逅するとき、静かに起こる優しい奇蹟。
 此岸と悲願を彷徨うものたちの悲しみと幸いを描く極上の奇譚集。〟


〝名手が紡ぐ、懐かしくも恐ろしい物語。〟
何が名手って、「鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)」「天国までの百マイル (朝日文庫)」に代表されるような、
ベタなまでの泣かせを、とことんベタに書かせたら、右に出るものはない名手である。
加えて、短編集「鉄道員(ぽっぽや)」の表題作と同じく、幽霊ものの奇譚とくれば、
もう本を手に取った時点で「号泣する準備はできていた」状態だ。
あ、それは江國香織ですね、すみません…


というわけで、さっそく読み始めるのだが、やや様子がおかしい。
確かに、幽霊ものの人情噺という部分は間違いないのだが、
涙腺いっぱいに溜め込んでおいた涙が、一向に流れてこない。
率直にいうと、かなり肩透かしを喰らうことになる。


凝りすぎ、という表現が一番妥当なのだろうか。
母の実家で歳の離れた伯母が聞かせる「赤い絆」で始まる7編は、
どれも、技巧が勝ちすぎたような印象を受けてしまうのだ。
ものすごく悪くいうなら、単なる〝文章自慢〟ともいえるだろう。


心中で死に損なった男と女(「赤い絆」)、
事業に失敗した男のドッペルゲンガー(「虫篝」)、
悪意にまみれ、彼女を捨てた男の独白(「骨の来歴」)、
恋の分岐点に立った看護婦を取り巻く人々(「昔の男」)、
不意に訪れた新盆で、家に転がり込んできた女(「客人」)、
薄ら寒い奇妙な衛兵所に訪れる、黒いコートの老婆(「遠距離」)、
験力すらものともしない、お狐さまに取り憑かれた少女(「お狐様の話」)。


どの物語も、浅田次郎らしい絶妙の技巧で、美しく描かていく。
だが、一方でその核となるドラマが、どこか淡泊に感じられる。
脊髄反射的な計算だけで愛した相手を捨てる登場人物からは、
深い愛情や、業の深さというより、浅はかさみたいなものしか感じられないし、
昔ながらの〝男の理屈〟への、悪趣味な懐古のような印象も受ける。


まずまず泣けた、というのは、
戦時中と現代の六本木が入り交じる「遠距離」ぐらいだろうか。
「骨の来歴」「客人」は身勝手な主人公に感情移入できないし、
赤い絆」「お狐様の話」はただ単に救いのなさばかりが余韻に残る。
「虫篝」「昔の男」に関しても、正直どうしてそういう気持ちに至るのか…


繰り広げられる、ちょっといい話、ちょっと薄気味悪い話は、
美しい風景描写を交えながらも、淡々と進んでいく。
悪くはないのだが、別に格段面白い、というわけでもない。
まあ、〝泣ける〟を勝手に期待したのはこちらなので、
文句をいうのも何となくはばかられるだが、やっぱり期待外れなのである。
読む人によっては、グッとくる部分なども数多いとは思うが、
僕には1冊のうちで数カ所あるかないか…


口直し、というか、行き先を失った涙を流すために
鉄道員(ぽっぽや)」でも読み返そうかな…
そんな宙ぶらりんな気持ちで、本を閉じるのだった。


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