角田光代「ドラママチ」

mike-cat2006-07-02



〝女が求めているのはドラマなのだ!〟
〝中央線沿線の「マチ」を舞台に、
 小さな変化を「待つ」ヒロインたちの8つの物語〟


かなりひさしぶりの角田光代となる。
世の中の高い評価にも関わらず、これまでどうも相性がよくない。
そうこうしてるうちに直木賞は獲るわ、何だか面白そうな本は出してるわ…
気になりつつも、ちょっと意地になって知らん顔してたのだが、
クラフトエディング商曾による装本に惹かれたのと、
中央線沿線住民(元)として見逃せないな、という部分、
そして文藝春秋、というブランドを信じ、久しぶりに手に取ってみた。


中央線沿線の駅を舞台に、昔ながらの喫茶店が登場する短編集だ。
中野、高円寺、荻窪、吉祥寺、三鷹
あの街、そしてこの街で、どこか満たされない毎日を送る女たち。
中央線沿線ならでは、の街の風景描写と相まって、
そのドラマは一種独特の雰囲気を醸し出しながら、展開していく。


「コドモマチ」は、仕事を辞め、ご懐妊待ちの主婦の物語。
とはいっても、やっていることといえば、
西荻窪と吉祥寺の間に住む、冴えない夫の冴えない愛人をつけ回すぐらい。
これまでの半生、つき合ったオトコはもれなく浮気する、
という〝私〟の満たされない気持ちが、何ともいえない不安感を醸し出す。
そんな〝私〟が愛人を見張るのが、
ほの暗く、客の少ない、いわゆる昔ながらの喫茶店
そこにある〝喫茶店空間〟の描写が、
いかにも「中央線沿線だな」的な世界そのものなので、なかなか味わい深い。


すっかりオンナとしての〝やる気〟を失い、
何の根拠もなく、他を見下すだけが生きがいとなった〝私〟を描く「ヤルキマチ」。
ここでは、幼いころ憧れの殿堂だった喫茶店の現在の姿が、何とも切ない。
「ゴールマチ」で描かれるのは、途切れることのない恋愛に生きる幼馴染みに、
自分の分の恋愛まで吸い取られているような錯覚に悩む喫茶店主の女。
こんな感じで、何かを待つ女と、中央線の街、そして喫茶店が描かれていく。


80年代のドトールコーヒー、90年代のスターバックスの普及、
そして近年のカフェ・ブームの影響もあってか、
街の中ですっかり存在感を失ったような気がする、昔ながらの喫茶店
〝雰囲気のある〟はずだったお店すら、
生活文化そのものの高級化に、店自体の老朽化が重なり、
どこか貧乏くささみたいなものを、感じるようにもなってきた。


だからこそ、いまこの小説に登場する喫茶店には、
懐かしさみたいなものも感じるし、お洒落すぎないからこその居心地のよさも感じる。
そんな喫茶店への作者の想いが、いい感じの距離感で伝わってきて、
ストーリーとはまた違う部分で、何だか心地よさを感じさせる小説なのだ。
といっても、実際には自分がいわゆる喫茶店には足を踏み入れないので、
あくまで想像の域を出ないのも確かなのだけれど…


何かを待つ女たちが迎える、それぞれの結末も、
微妙な浮遊感を感じる余韻を残す、角田光代のよさが光る作品。
自分の中に(勝手に)持っていた、角田光代作品に対する苦手感を、
ほとんど感じさせない、素直に楽しめる1冊だったと思う。
これを契機に、角田光代作品の(個人的)再評価、始めないといけないな、と。
(何だか偉そうに)そんな思いを胸に刻み付けたのだった。


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